クラウド・コンピューティング(Cloud Computing)は新しい?

Cloud Computingがここ1年あまり、IT業界の一つの話題となっている。しかし、これは本当に何か新しいものだろうか? それとも単に以前からあるものに別な名前をつけただけだろうか? その答えは、Yesでもあり、Noでもある。

Cloudとは、いわゆる広域ネットワーク(Wide Area Network)のことで、近頃は、ネットワークをインターネットに特定してこの言葉を使用する場合も多い。最近の定義で行くと、Cloud Computingは、以下の3つの要素から成り立っている。
― 自社以外のデータセンターにあるソフトウェア/サービスを使用する
― そのデータセンターへは、インターネット経由でアクセスする
― 使用料金が従量制である

使用料金が従量制のものが出てきたのは、比較的最近かもしれないが、自社以外のデータセンターにあるソフトウェアやサービスをインターネット経由でアクセスして使用するというのは、ずっと以前からあったサービスだ。データセンターのサーバーやストレージを使うものは、IDC(Internet Data Center)とかUtility Computingなどと呼ばれていた。ソフトウェアを使うものは、以前はASP(Application Service Provider)、最近はSaaS(Software as a Service)などと呼ばれている。インターネット経由のサービスとしては、他にもMSP (Managed Service Provider)やMSSP(Managed Security Service Provider)などと呼ばれるものもある。

したがって、Cloud Computingが、単に以前からあるものをまとめて、別な新しい名前を付けただけだ、という議論があっても全くおかしくないし、IT業界得意の、新しい言葉で目先を変える、ファッション業界的な側面が出たと言われても仕方がない。Cloud Computingは以前からある色々なものを寄せ集めているので、実際、Cloud Computingを実施している企業を並べると、そのやっている内容は、それぞれかなり異なる。

IDC的な会社は、当然、サーバーやストレージなどのシステム・リソース提供を中心にしている。電話会社やAmazon.comがやっているのは、この類だ。一方、SaaSで有名なSalesforce.comなどは、今でもCRM(Customer Relationship Management)のソフトウェアをインターネット経由で提供するのが業態の中心だ。GoogleやMicrosoftがEメール・ソフトウェアを提供しているのも、この分類に入る。

では、Cloud Computingは、本当に単に以前からあるものをいくつかまとめて新しい名前を付けただけかというと、必ずしもそうではない。これらのサービスも進化しており、新しいタイプのサービスも出てきているからだ。

その一つは、アプリケーション・プラットフォームの提供だ。これも実はPaaS(Platform as a Service)という言葉で言われることもあるが、比較的最近出てきたものだ。これまでは、システム・リソースを使ってもらったり、出来合いのソフトウェアやサービスを使ってもらう、というものが中心だったが、アプリケーション開発のためのプラットフォームを提供し、その上でユーザーに独自のアプリケーションを開発してもらい、完成したら、そのままそのソフトウェアをCloud上で使ってもらおうというものだ。前出のAmazon.comやGoogle、Salesforce.comなどもそのようなことをはじめている。

このアプリケーション・プラットフォームの提供は、ユーザーにとって、注意する必要のあるものだ。プラットフォームは、提供しているそれぞれの会社が独自に作っているものだから、少なくとも、今のところ互換性がない。したがって、どこかの会社のプラットフォームでアプリケーションを作ってしまうと、そこのプラットフォームでしか動かないものとなってしまう。このサービスを提供する側にとっては、ユーザーの囲いこみにもってこいのものだ。ただし、いろいろなOSを準備しているAmazon.comのようなところや、プロプラエタリーなソフトウェアを準備しているGoogleなどでは、その「縛り」の強さに差はある。

もう一つ最近のCloud Computingで特徴的なのは、使っているCloud Computingの状況を、ユーザーがセルフサービスで見て、管理しやすくなってきていることだ。これらのためのソフトウェアも次々に発表されている。これにより、Cloud Computingを使うと、あとはブラックボックスでおまかせ、というようなことにならず、常に状況を把握し、対応することが出来るようになる。

この他にも、世界中のいくつものデータセンターを1つのCloud Computingイメージで使用することや、自社内のデータセンターを使ったシステム(Private Cloudとも言い、外部データセンターを使うものをPublic Cloudと呼ぶ場合もある)と外部のPublic Cloud Computing をハイブリッドで使えるようにするソフトウェアなど、Cloud Computingに関する新しい機能、技術がどんどん出てきている。

このように進化してきているCloud Computingだが、ユーザーの反応はどうだろうか? 一般的に、ITスキルやリソースを自前で持っていない、中小規模の企業や個人は、このようなサービスを歓迎し、使用している。個人のEメールなどは、プロバイダー(ISP:Internet Service Provider)が提供するものや、Googleのgmail、Microsoftのhotmailなどを使っている人がほとんどだろう。最近は、写真などのファイルも保管してくれるストレージ・サービスを使用している場合も多いだろう。中小規模の企業でも、メールサーバーを自社に持たず、外部サービスを使っているところは多い。これらもれっきとしたCloud Computingの一つだ。

また、ベンチャー企業が会社を立ち上げる際、即日システムが使える、また、どれくらいの会社規模になるかわからないので、とりあえずCloud Computingを使ってビジネスを開始する、というのも一般的だ。このCloud Computingによって、ベンチャー企業の設立時の初期投資がかなり抑えられ、資金調達も最低限で済むようになった。

では、大企業は、このCloud Computingをどのように見ているだろうか? 結論から言うと、Cloud Computingには、メリットも多いが、不安も多く、まずはさしさわりのないところから使おう、というスタンスだ。Cloud Computingを使うメリットとしては、スケーラビリティと従量制課金によるコスト削減が魅力だ。特に作業に特定のピークがある場合、自社のシステムをそのピークのために準備し、ピーク時以外は遊ばせておくというのは、なんとももったいない、お金のかかる話だ。また、すべてのことに専門家を置くのは大変なので、専門家が必要なものはCloud Computingにまかせる、という場合もある。それから、めったに使わないものを倉庫にしまっておくように、Cloud Computingにバックアップ・データをしまっておく、というような使い方もある。

不安材料としては、自社のデータを外部に預けてしまうので、セキュリティの問題、ガバナンスの問題、コンプライアンスの問題などが出てくる。外部にまかせたと言っても、何か問題が発生した場合の責任は、自社に残るわけだから。また、最近はシステムのマネジメントがCloud Computingを使ってもやりやすくなったというものの、まだまだ管理への不安が残る。さらに、ネットワークを経由するため、ネットワークのパフォーマンス、遅延、等の不安もある。また、使用している外部データセンターが大事なときにダウンしてしまって、使えなくなったらどうするか、という不安もある。実際、昨年夏だけでも、GoogleやAmazon.comのサービスがダウンして使用不能になることがあった。そして、一度使い始めたら、他社のサービスに移りにくいという不安もある。もっともこれは自社でシステムを持っても、似たようなことは言えるが。

このように、大企業はCloud Computingのプラスとマイナスのバランスをとりながら使って行くことになるが、景気低迷の折から、大きな投資をせず、とりあえずCloud Computingでその場をしのぐ、という場合もこれから出てくるかもしれない。中小規模企業や個人にとっては、引き続き便利なサービスなので、今後Cloud Computingが広がっていくことは間違いないだろう。ただし、Cloud Computingといっても、いろいろなサービスが混在して、ひとつの名前になっているので、自分が何をやりたいかで、検討すべきCould Computing提供会社は大きく変わってくることに注意しなければならない。

(2/01/2009)


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