米国西海岸へ来て早や8年になるが、この間の米国での情報産業の活発な動き、そして日本企業の動きを見ていると、思わず“日本の情報産業がんばれ”と言いたくなってしまう。この8年間に情報産業界は大きく変わった。特に大きな出来事はコンピューターのダウンサイジング、そして最近のインターネットの広まりである。いずれの場合も新しく出て来た製品はほとんどすべて米国からである。日本の情報産業界は日本での対応も大きく遅れ、米国の新しい技術の導入に躍起になるのがせいぜいである。米国を含めた世界の舞台で競争しようなどと考えるどころではない。
いままでも、自動車にしろ、家電にしろ、もともとは米国等、外国の技術を学び、それに改善を加え、製造技術を磨いて世界に通用する製品を作り、輸出大国となった。したがって、外国の技術をまず導入するという事は、何も珍しい事ではない。しかし、昨今の情報産業を見てみると、今までと大きく異なるのは、その技術の多くがソフトウェアだという点である。一見ハードウェアのように見えるもの、例えば、パソコンの心臓部にあたるマイクロプロセッサーも、その中味は膨大なソフトウェアである。
導入する技術がソフトウェアだと何が問題か。いくつかの点が上げられる。まず、ソフトウェアは技術を導入して同じものを作るという事が単純には出来ない。著作権の問題があるからである。また、ソフトウェアはそれぞれ、ばらばらのものではなく、ひとつのソフトウェアの上にまた別のソフトウェアがのるという階層構造をなしている。そして、そこにはアプリケーション・インターフェース(API)という問題が生じる。
例えば、現在世の中で主流となっているパソコンの基本ソフトであるオペレーティング・システム・ソフトウェア(OS)がマイクロソフトのWindows(最新版はWindows95)である事をご存知の方も多いだろう。このOSの上で動くソフトウェアは何万にものぼる。これらのソフトウェアはWindows上で動くように出来ており、異なるOSを使っている、例えばアップル社のパソコンでは動かない。それはアプリケーション・インターフェースが違うからである。アップル社のOSの方が一般的にはWindowsより進んでいると言われているにも関わらず、苦戦しているのは世の中でWindowsが90%近いマーケット・シェアを握っており、そのため、多くのソフトウェア会社がWindows用にソフトウェアを書き、アップル用には書かない立場をとっているからである。つまり、ものの良し悪し以前に多数決で事が決まってしまうわけである。したがって、すでにこのように世の中の大勢が決まってしまってから、後発の企業がそれをくつがえすのは、ソフトウェアの世界では、至難の業な訳である。自動車や家電のようにはいかないのである。
つまり、ソフトウェアの世界では世の中の大勢が決まる以前に競争しなければ、もはや勝ち目はほとんどないといえる。さらに悪い事には、最近の情報産業界の動きは極めてはやく、競争への参加の少しの遅れが致命的なものになりかねない。インターネットの世界はまさにその最たるものである。
では、日本の情報産業各社の動きはどうか。残念ながら極めて対応が遅いといわざるを得ない。日本企業の動きを見ていると、何かホットな話題が出たとき、次のような反応を示しているようである。
(1)まず、米国で何かホットなものが出てきても、すぐに対応するという事はせず、このホットなものが一時的なブームのものか、本格的なものか、様子をしばらく見る。
(2)時には米国子会社や外部コンサルタント等の協力を得て、情報の収集と分析に走るが、まだ、本格的な行動は起こさない。
(3)米国でその流れがかなり本格化し、日本国内でも、新聞、雑誌等でかなり騒がれ出してはじめて本格的に対応を考える。
これでは、日本市場においても米国のどの会社と提携し、その製品を日本向けに導入するかを考えるというレベルにしかならなくなってしまう。もし日本市場のみを対象に考えているなら、これでも何とか対応できるかもしれない。しかし、世界規模で競争に参入しようと思うのであれば、もはや大幅な出遅れは否めない。
タイトルを日本の情報産業としたので、ソフトウェアは駄目でもハードウェアでは日本企業が世界的に強みを発揮しているものもあるという反論をされる方も、おそらくいるだろう。たしかに、ハードウェアで日本メーカーが強い部分はいくつかある。しかし、ハードウェアは製造技術、製造コストが大きな要因である。勿論これは日本の得意なものではあるが、ここ数年の円高、アジア諸国の急成長で日本国内での製造ではすでに限界がきている。やはり、これからはハードウェアだけではなく、ソフトウェアでも世界に通用する企業でなければいけないだろう。
ここまでは、日本でもよく論議されている話であり、日本のソフトウェア技術の発展のために通産省なども昨今は多くの予算をつけ始めている。また、最近エレクトロニック・コマースについても、日本で色々と実験がはじめられている。さらに、新しいベンチャー企業の育成のため、色々な規制緩和も行われようとしている。このような事も勿論大事なことではあるが、私はこれだけでは全くだめだと思っている。そもそも、この発想は“まず日本から”の発想から抜け出ていないからである。
米国の最新状況をとらえ、いち早く対応しようとしている一部のメーカーについても同様である。まず、日本で日本市場向けの製品を作り、市場に投入する。そして、これがうまくいったら米国市場にチャレンジする。この“まず日本から”の発想はソフトウェアの世界、そして動きの極めて早いインターネットのような世界では、全く通用しない。何故なら、このメーカーが米国市場に参入する頃には米国での技術はさらに先に進んでおり、またソフトウェアの業界標準的なものがすでに出来上がっている可能性が高いからである。
では、どうすればよいか。“まず日本から”の発想をやめ、“まず米国から”という発想、または“最初から日本と米国同時に”という発想に切り替える必要がある。この考えれば当たり前の事が残念ながら出来ていない。発想の転換と同時に、それを実施出来る体制を整える必要もある。短期的には、まず、米国の子会社、コンサルタント等を使い、情報収集、分析のアンテナを磨く事である。そして、そこから上がって来た情報をもとに、しばらく様子を見るのではなく、必要なものについては即座に行動を起こす体制作りが必要である。勿論、単なるうわさやガセネタで行動を起こしては何にもならない訳であるから、情報源は信頼のおける、そして複数の情報源が必要となろう。
長期的には、米国に製品(特にソフトウェアの)開発部門を置くことを考えるべきである。勿論、開発部門の全部という訳ではないが、先進的なソフトウェア関連の開発は米国で行う必要があると私は思う。特に、米国のベンチャー企業にも負けない早い対応の出来る組織を作る必要がある。
コンピューター・ダウンサイジング、そしてインターネット。情報産業にはまだまだこれからも、大きな変革の波が押し寄せてくるだろう。今からでも遅くない。日本の情報産業が世界に通用するための体制作りを早く実施し、この分野でも世界のリーダー企業の仲間となる事を期待したい。
(2/01/96)
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