インターネット音楽配信

インターネットが広まってくると、デジタル化出来るあらゆるものがインターネット経由で配信することが出来るようになるというのは、すでに拙著“インターネット・ワールド”(丸善)でも4年前に書いたことであり、コンピューターのソフトウェアについては、かなり以前から行われている。特にソフトウェアのバグを直したり、新しい機能を入れたアップデート版の配信、また、アンチウィルス・ソフトウェアなどで、新しいウィルスに対応したものに更新するときなど、インターネット経由でソフトウェアを配信するのは、今や常識である。

ソフトウェア以外で、次にデジタル化して送るのに適しているものといえば、音楽であろう。ソフトウェアについてもそうであるが、音楽のインターネット経由での配信には、色々な問題がある。一番大きな問題は著作権の問題であろう。音楽業界は、録音可能な高性能テープや、CDなどが世の中に出てきたときでも、特に音楽がアナログではなく、デジタルの場合、コピーしても音質が下がらないことから、著作権侵害となるような不法コピーを心配し、常に反対の立場に立っていた。

インターネットによる音楽配信についても当然、全く同様の心配をしている。ましてインターネットの場合は、どこかのサイトで無断でコピーが出来るところが出てしまうと、世界中数千万人からアクセスが可能であり、その影響ははかりしれない。インターネットが広まりはじめた4−5年前は、まだ音声の圧縮技術が十分に発達しておらず、一般インターネット・ユーザーはモデムを使った低速回線の利用がほとんどだったため、あまりインターネットによる音楽配信は問題にならなかった。

しかし、MP3(Motion Picture Experts Group-1 audio layer 3)というCDレベルに近い音質を保持しながら、ファイルの大きさを約10分の1に圧縮する技術の広まりとともに、インターネット経由による音楽配信は一気に広まった。これは米国でも、ついここ1年ほどのことであるが、私のまわりの高校生や大学生もMP3を使ってインターネット経由で音楽をダウンロードしているので、少なくとも米国では、かなりの広がりと言える。

ただ、これには大きな問題があった。それは、MP3自身に著作権等を処理する機能がないため、いわば皆、勝手にインターネット上にある音楽をダウンロードしていたわけである。もちろん作者自らがプロモーションのため等に無料でその音楽をインターネット上で開放している場合は何の問題もないわけであるが、中には本来著作権の問題があり、お金を支払わなければならないような音楽も、海賊版という形で出ていたりして、これは音楽業界やアーチストにとっても死活問題である。

その後、業界もこのような海賊版を提供するサイトへの法的な措置や警告を出し、このようなサイトは今では、ほとんどなくなったようだが、一時は、自分の好きな音楽をインターネット上で(海賊版を)探し、勝手にダウンロードしていた若者も少なくなかったようである。

このようなことで、海賊版による(正規の著作権で守るべき)音楽の配信は現在下火となっているが、この出来事が音楽業界やソフトウェア・メーカーにとって大きな影響を及ぼし、著作権やセキュリティなどを十分確保したインターネットによる音楽配信がいよいよ現実のものとなろうとしている。

まず、昨年12月には米国レコード協会(The Recording Industry Association of America: RIAA)がセキュリティ等を考慮した音楽配信に関するSecure Digital Music Initiative (SDMI) を立ち上げ、標準化に向けて行動を開始した。しかし、協会による標準化を待たず、すでに有力レコード会社やソフトウェア・メーカーは、音楽配信という大きな市場に対して、独自の方法で主導権を握ろうとしている。

今年に入ってから、これらに関するいくつかのニュースが続いた。MicrosoftはMP3を更に改良した独自の圧縮技術を使ったMS Audioを発表し、レコード会社やアーチストに対して、参加を呼びかけた。MS Audioは単に改良されたデータ圧縮技術であるだけではなく、著作権についても配慮された機能(Digital Rights Management: DRM)も備えている。MS Audioは4月中旬に出荷されたが、残念ながらMicrosoftの思惑どおりには、レコード会社やアーチストが今のところ集まっていない。

これに対し、Streaming(音楽を一度ダウンロードしてから聴くのではなく、リアルタイムにインターネット経由で聴く)技術で有名になったベンチャー企業のReal Networksは、IBMと技術提携し、MP3をサポートすることを表明している。IBMはすでにセキュリティを確保したデジタル配信システムを開発しており、この6月にはSan Diego市で、1,000世帯程度を対象とした音楽配信実験プロジェクト(Madison Project)を実施しようとしている。

大手レコード会社もインターネット音楽配信は避けて通れないものと認識し、Warner BrothersとSonyは、このMadison Projectをサポートしていると言われている。しかし、他の大手であるUniversal Music GroupとBMG Entertainmentは、パートナーシップを組み、CDのインターネット販売のためのGetMusic.comを立ち上げるとともに、インターネット音楽配信については、InterTrust TechnologiesとReciprocal社の技術を支援している。

インターネット音楽配信のやり方が標準化され、一般消費者がレコード店に行く代わりにインターネット経由で音楽を買う時代は、インターネットのケーブル・モデムやxDSL(通常の電話回線を使った高速データ通信)による高速化とあいまって、もうすぐそこに近づいている。そのとき、どこの方式がその標準となるか、これからホットな戦いがしばらく続く。

(5/1/99)


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