トラッキングされるスマートフォン

4月末から、スマートフォンのトラッキングが大きな話題となっている。どういうことかというと、AppleのiPhoneや、GoogleのAndroid OS を使っているスマートフォンが、Apple やGoogleによってトラッキングされており、誰がいつ、どこにいたか、という情報が記録されていたことがわかったのだ。この事実を見つけた2人の研究者の発表によると、Appleは、昨年夏にOSの新しいバージョン、iOS4をリリースしたときから、このトラッキングを始めたようだ。Appleの製品は、しばしば頭に「i」をつけるので、このようなトラッキングを、iTrackとか、iSpyなどと、メディアで言われたりしている。

これが大きな問題となっているのは、それがユーザーの知らないうちに行われていた、ということだ。AppleやGoogleがこのように、ユーザーのスマートフォンの位置情報を集めるのには、当然理由がある。一番わかりやすいのは、ユーザーへのロケーションをベースにしたサービスの提供だ。スマートフォンで、自分が今いるところに近い日本食レストランはどこか、というようなユーザーの問いに答えるためには、ユーザーがどこにいるかを知っている必要がある。ユーザーがこのようなサービスを受けるのに便利なだけでなく、広告主も、特定のユーザーに焦点をしぼったターゲット広告を出すのに、このような情報は便利であり、当然AppleやGoogleは、その情報をもとに、広告主に高い広告料を請求することが可能になる。

位置情報の別な使い方としては、ユーザーがある地点から、別の地点に移動するのにどれくらいの時間がかかっているかを計算すれば、ハイウェーの混雑状況の推測にも役立つ。また、警察が、押収したスマートフォンから犯罪者等の行動履歴を手に入れることができ、犯罪捜査に利用することもできる。このように、ユーザーの持っているスマートフォンの位置情報を記録することは、多くのことに役立つが、一方でプライバシーの問題もある。プライバシーの専門家や国会議員が、このスマートフォンのトラッキングを問題視する所以だ。

たとえば、保険会社が、ある人の行動パターンをもとに、保険加入を拒否したり、保険金額を高くする、ということも考えられる。また、小売業者が高級住宅街に住んでいる人に対して高級品を提供したり、また、政府が特定の個人を監視することも可能になる。

このようなスマートフォンのトラキングの指摘に対し、AppleとGoogleは、その事実を認めているが、いづれも、個人の名前がわからない、匿名の情報として取り扱っており、プライバシーの問題はないとの立場をとっている。ただ、このようなトラッキングをしてほしくない場合の設定変更の方法などを明らかにし、ユーザーからの苦情に対応している。また、Appleでは、このような位置情報は、本来1週間ほどの保存しか考えていなかったのが、1年にもわたって残っていることがわかり、これは、本来のあるべき姿ではなく、ソフトウェアのバグ(エラー)だとして、修正している。さらに、トラッキングしないでほしいという設定にしても、まだトラッキング情報が記録されていたという事実も発見され、こちらについてもソフトウェアのバグで、すでに修正したと表明している。

AppleのiPhoneとGoogleのAndroid OSを使ったスマートフォンについては、位置情報トラッキングの事実がユーザーに知れ渡り、設定変更によってトラッキングを中止させる方法もわかった。しかし、位置情報をトラッキングしているのは、AppleやGoogleだけではない。スマートフォン上で動くApplicationについても、位置情報をトラッキングしているものがたくさんある。Apple、Google双方とも、Applicationについては、ユーザーの位置情報をトラッキングする場合は、事前にユーザーに許可を得るよう指示している。したがって、その決まりに違反していない限り、ユーザーは、事前にそれらのApplicationから位置情報の提供依頼を受け、自分の意思で、それを提供するかどうか、決めることができる。

ただ、ここにも問題はある。ユーザーは確かにApplication を使うときに、位置情報を提供するかどうかの許可を与えることも、認めないことも出来る。しかし、一旦許可を与えたら、その情報がどのように使われるかは、知らされていない場合がほとんどだ。時には、その位置情報が、第三者に渡り、どのように使われるか全くわからない場合もある。実際、Wall Street Journal紙によると、ポピュラーなロケーション・ベースのApplication 101個のうち、実に47個がユーザーに知らせないまま、外部第三者に位置情報を提供しているという。こうなると、位置情報を使っていいかどうかの許可を求めるだけでは不十分だということがわかる。もちろん、すべての位置情報提供依頼に対してNOと答えていれば、位置情報が悪用されることはないが、それでは、位置情報をベースにした、いろいろな便利なサービスは、全く受けられないことになる。スマートフォンの便利さも半減するというものだ。

このような状況から、米国の国会でも、そのことが問題として取り上げられ、5月10日には、Apple、Google両社を呼んで、上院の公聴会が開かれた。両社は、ユーザーからの情報の匿名性の説明を展開し、Appleは、一部について、ソフトウェアのバグであり、すでに修正を行った旨報告しているが、公聴会メンバーは、両社の説明で納得したわけではなく、プライバシー侵害の可能性について検討を続ける意向だ。このような状況に対し、Googleは、今後の政府からの聴聞等への対応のため、5億ドルという大きな額の見込み費用を計上した。

昨年9月のコラムで、「本格化するターゲット広告とユーザーのトラッキング」というタイトルで記事を書いたが、そのときは、スマートフォンの位置情報ではなく、インターネット上で、どのようなウェブサイトを検索しているかをブラウザーがトラッキングしていたり、サードパーティのソフトウェアがトラッキングを行い、ユーザーへのターゲット広告に使われているという話をした。そのときにも、トラッキングによるプライバシーの問題に触れたが、今回は、それにさらにスマートフォンによる位置情報トラッキングが加わったことになる。

ユーザーの位置情報は、顔認識情報とともに、特にプライバシーが大きな問題となる情報だ。位置情報によって得られる便利なサービスも捨てがたいものがあるが、ユーザーとしては、そのサービスを受けるために、自分の位置情報がどのように扱われ、第三者に流されているか、また、その先でどのように使われているか、それを十分理解し、承知の上で位置情報を提供することが、自分のプライバシーを守る上で大切になってくる。

(06/01/2011)


メディア通信トップページに戻る