デジタル・エコノミー2000

米国商務省が一昨年4月に“The Emerging Digital Economy”(デジタル・エコノミーの到来)と題するレポートを発表し、昨年の“The Emerging Digital Economy II”に続き、この6月に“Digital Economy 2000”(デジタル・エコノミー2000)を発表した。今年は“Emerging”という言葉がなくなり、デジタル・エコノミーがいよいよ地についたものとなってきていることを示している。日本でもようやく昨年末あたりからインターネットによる世の中の大きな変革が話題となっており、日本政府もIT、ITと騒ぎ出しているが、米国政府がこのようなレポートを2年以上前から出しているところから見ても、日本政府の対応が大きく遅れていることがわかる。

レポートはまず、インターネットが引き続き大きな伸びを示していることに言及している。それによると、1994年に世界で3百万人だったユーザーが、今やその100倍の3億人に達している。これは6年間で平均120%近い大きな伸びが持続していることを示している。ただし、既にインターネット利用が早くから進んでいる北米では、その伸びが昨年から今年にかけて41%程度にとどまっているのに対し、ヨーロッパでは108%、さらにアジア太平洋地区では155%と、非常に高い率の伸びとなっており、インターネットの成長が世界にどんどん広まっている姿が写し出されている。

米国では情報通信の発展によるニューエコノミーについてよく語られるが、このレポートでもそれが数字の裏付けをもって示されている。例えば、米国の労働生産性は、近年、過去の2倍の伸びを示しており、また、日本よりも低い失業率(以前は日本の倍またはそれ以上が通常であった)にもかかわらず、インフレーションは起こっていない。これはまさしく、ニューエコノミーの段階に入ったことを物語っていると言える。

このニューエコノミーをもたらしているものには、コンピューターの価格低下(1987−1994年で平均12%、さらに1995−1999年では実に26%)が大きく貢献しているとレポートでは述べている。IT業界の米国経済に占める割合は2000年で8.3%とそれほど大きくないが、1995−1999年の間の経済成長の3分の1を占めるまでに至っている。IT業界は米国における研究開発投資でも他の業界を大きくリードしている。米国の研究開発投資は、1989−1994年の5年間でわずか0.3%の伸びであったのが、1994−1999年の5年間ではそれが平均6%(インフレーション調整済)まで大きく伸びたが、そのうちの37%はIT業界による研究開発投資であった。1998年だけを見ると、IT業界は$44.8 billion(約4.7兆円)の研究開発投資を行ったが、これは、全産業合計の3分の1近い。

また、IT機器やソフトウェアへの企業による投資も1995−1999年の間で$243billion(約25.5兆円)から$510billion(約53.6兆円)へと大きく伸びている。米国企業がここ5年ほどで既に日本より大きかったIT投資をさらに倍増させ、企業の効率化だけではなく、インターネットによってもたらされる新しいビジネスモデルに向けて邁進しているのがよく現れている。

ソフトウェア開発やコンピューター・サービス業界に携わる人達の数も急激に増え、1992年の850,000人から、1998年には、その約2倍近い1,600,000人になっている。しかしこれでも、この分野の人材は大きく不足しており、海外からの移住者受け入れのための、ビザの発行数を増やすなどの措置がとられている状況である。

レポートはまた、あらゆる業種におけるインターネットを使ったオンライン・セールス、サプライチェーンの効率化、e-マーケットプレースの広がり等を具体的な例を使って報告している。すでにたくさんの事例もあり、デジタル・エコノミーはかなり進んできているように見えるが、このレポートではまだデジタルビジネスは始まったばかりだと表現している。これもいつも私が話していることと一致している。具体的な数字を見ても、まだ米国製造業企業の3分の2は電子取引を実施していない(米国は小規模企業が多いことにもよる)、また、1999年第四四半期のオンライン小売セールスが$5.3billion(約5600億円)に達したといっても、これはまだ総小売消費の0.64%に過ぎないことからも言えることである。

米国経済の好調はすでに10年目に入り、経済のスローダウンを懸念する声も多く聞かれる。確かにITを中心とした経済成長も、どこかでスローダウンすることは間違いないであろう。しかし、過去の経済成長が物をたくさん作ることに力点を入れ、需要にかげりが出たときに過剰在庫をもたらし、経済が大きく下降したのに対し、ITによる経済発展は物品の供給過剰をもたらすのではなく、たとえばサプライチェーンの効率化を進めているようなものが多いので、その影響は比較的小さいと思われる。

このような米国の状況に対し、日本でも昨年、一昨年に比べると、反応はいい。民間企業にしても、IT投資の増加を発表している企業も多い。銀行なども25%のIT投資増などを計画しているようであるが、ちょっと心配なのはその中身である。金融機関の多くはこれから企業の大型合併を控えている。それに付随したIT部分の合併作業にもかなりの投資が必要であろう。この25%のIT投資増が、この合併のための一時的なものであっては、何の意味もない。米国で起こっているインターネットを中心としたe-革命を進めるために使われてこそ、日本もその遅れを取り戻せるというものである。

また、企業のe-革命を進めていくためには多くの人材が必要である。米国でもこの分野の人材は、レポートにあるとおり急増しているものの、まだ大いに不足している。日本でもようやく不況下の企業で雇用をそのまま守らせるという姿勢から、人材を流動化させる方向に少しずつ変化してきているように思う。しかし、今のところ、その動きは鈍く時間がかなりかかりそうである。米国におけるe-革命の早さを見ていると、この日本のペースではとてもおぼつかない。政府はもっと規制緩和を早め、人材流動化を支援するような企業が活動しやすい環境をつくり、転職が不利にならないような税制を確立することが大切である。先日も日本経済新聞で日本IBMが8,000人のインターネット関連技術者増員を計画するなど、民間企業の情報分野人材獲得意欲は既にかなり高い。政府による規制緩和さえ行われれば、人材流動化がもっとスムーズになり、そのスピードもあがると思う。

日本政府も、IT、ITと言い出したのはよいが、これは衆議院総選挙直前の話であり、本当にITに大きな予算を振り向けて行くかどうか、今後の動きが大いに注目される。ITへの予算増加が、単なる選挙のための言葉で、実際に予算をつける段階になって、いわゆる族議員などの圧力で旧来からの公共事業投資ばかりをするようでは、日本の将来はおぼつかない。このような私の心配が、単なる杞憂に終わることを期待したい。

(00-7-1)


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