Appleからの公式な数字は出ていないが、アナリストによると、最初の週末までで70万台くらい売れたと予想されており、これは当初予想をかなり上回っている。実際、iPhone発売当日は、各地のApple StoreやAT&T Storeで長い行列が朝早くから出来た(販売開始は夕方6時)。多いところでは数百人単位で並んでいたし、一部の人達は前日やそれ以前から並んでいたようだ。無事iPhoneを手にした人達が歓声を上げながら店を出てくる姿は、ゲーム機の新機種の販売の時などに見られる姿と同じで、携帯電話機の発売時にこのようなことが起きるのは、もちろん初めてだ。すべての店ではないが、品切れの店もかなり出ている模様だ。
ただし、発売当初の成功がその商品の大きな成功を確約するものかといえば、そうとは限らない。たとえば、SonyのPlaystation3は、発売当初大きな反響を呼んだが、その後はNintendoのWiiに大きく水を開けられ、苦戦している。また、シリコンバレーでも、多くの人々は、当面はiPhone購入は見送り、次の改良版、廉価版が出るのを待つ、という人も少なくない。Sun MicrosystemsのScott McNealyなどもその一人だ。また、iPhoneを会社契約の携帯電話機にしてほしいという社員の要求に対して、これまでBlackberryのEメール携帯端末を社員に提供している企業は、iPhoneがBlackberryのEメールサービスを使えないということなどを理由に拒否している。
iPhoneそのものが携帯電話と携帯インターネット端末、それにiPodを統合した新しいタイプの携帯端末であるといえるが、すでに他社からも類似の携帯端末は販売されていたり、予定されている。しかしながら、AppleのiPhoneがこれほどまでに話題になったのは、やはりiPodの大成功と、Appleのうまいマーケティングによるところが大きい。iPodそのものにしても、類似商品は今やいくつも市場に出ているし、実際、AppleがiPodを出す前から日本のメーカー等も類似の商品を出していたが、うまくいっていなかった。それを、Appleは大手音楽CDメーカーをうまく抱きこんだiTunesという音楽ダウンロード・サイトを準備した上でiPodを販売したのが大きな成功を誘った。
さらに、斬新なデザイン、使い易いユーザー・インターフェースがAppleの真骨頂といえるだろう。特に、ビデオなどを見るときに画面サイズを最大限に使うため、iPhoneにキーボードを付けず、タッチスクリーンにしたのは、Jobs氏のこだわりと言われている。価格が高すぎるとか、高速の3Gネットワークとつながらない(ただし、WiFiのインターフェースを持っている)、などの問題もいろいろと指摘されているが、それでも使い易いユーザー・インターフェースについては、事前にiPhoneをテストした人達にも評価が高かった。実際、私も使ってみたが、使い易さ、画面の見易さなどは、なかなかいい。
Apple iPhoneが斬新なのは、製品コンセプトやユーザー・インターフェースだけではない。携帯電話機としてのビジネスのやり方を大きく変えたのが今回のiPhoneの販売である。そもそもAppleはAT&T(旧Cingular Wireless)と2年契約を結び、他の携帯電話ネットワーク・サービス会社からは販売しないことを決定している。これによって、AT&TはApple iPhoneを自社ネットワークのみに独占的に販売することが出来、消費者は、iPhoneがほしいと思えば、自分がAT&T以外の携帯電話サービスを使っている場合、AT&Tへのサービス会社変更を依頼することになる。これは、iPhoneが大きな成功を収めた場合、AT&Tにとって、極めて大きな武器となる。実際、AT&TはiPhoneについての問い合わせを100万件以上受けており、そのうちの40%以上はAT&T以外の携帯電話サービス会社を使っている人達からだったというから、他社からAT&Tへのサービス変更の大きな流れがiPhoneによって起こることも十分考えられる。それほどAT&Tにとって、今回のiPhoneのためのAppleとの契約は重要なものだった。
しかしながら、AT&Tはこのような重要な契約をするにあたり、大きな犠牲も払っている。これまで、携帯電話といえば携帯電話会社から買う、というのが普通であり、販売しているのも基本的に携帯電話サービス会社やそこと契約している店だった。ところが今回はそれをAT&Tの店だけではなく、Appleの店でも売ることにしたばかりでなく、これまで携帯電話機を売っていた家電量販店には売らせないことにした。しかも、そのどちらの場合も、携帯電話機としてネットワークに接続するのは、自分で、AppleのiTunesサイトに行って行うというのだから、全く異例だ。これは、iPhoneをAT&Tの店で買ったとしても同じだというから驚きだ。普通は携帯電話サービス会社のお店で携帯電話を買ったら、その場でネットワークに接続可能にしてもらい、使い始めることが出来る。それが出来ないばかりか、AppleのiTunesサイトに行って手続きしなければならないのである。また、携帯電話機には通常携帯電話サービス会社のロゴが入っているが、今回のiPhoneにはAppleのロゴだけしか入っていない。これも異例のことだ。
これらのことは、携帯電話サービス会社と携帯電話機メーカーの力関係を大きく変える、画期的な出来事である。しかも、実際のAT&TとAppleの契約には、さまざまな条件がついており、iPhone経由による携帯電話サービスの使用料の一部をAppleに分配する、というようなうわさもある。実際にそのようなことがあるかどうかわからないが、Appleは携帯電話サービス会社各社に、かなり強気な条件を出したことは間違いないようだ。これに対し、AT&Tが応じ、他社は応じなかった、ということだ。
iPhoneは米国で販売を開始したが、年末までにはヨーロッパで、さらに来年はアジアでも販売を予定している。それぞれの国で、果たしてどの携帯電話サービス会社がAppleとiPhoneの契約をするか、大いに注目される。iPhoneが販売される前、日本のある携帯電話サービス会社の方と話をしたときにもこの話題が出たが、その方の意見では、おそらくその会社はそのようなAppleの強気な条件は飲まないだろうとのことであった。しかし、iPhoneが発売後数日だけでなく、この先も順調に売れるとすれば、多少のAppleに都合のよい条件でも契約する携帯電話サービス会社が出てくることは間違いないだろう。そういう意味でも、Appleにとって、米国での成功は、全世界でのiPhoneビジネスの成功に大きな影響を与えるものであり、その意味で、ここ1週間ほどの成功は大きい。
実際、首尾よくいけば、iPhoneはMac、iPodに続く、Appleのビジネスの3本目の柱になる。しかも、今の価格でいけば、粗利益(Gross Margin)50%以上とも言われているから、利益への貢献も極めて高い。iPhoneが3本柱の一つになるには、2009年に予想されている年間2,000万台ほど売れる必要がある(iPodは2001年からの累計で1億台を越えている)。一見かなり大きな数字のように見えるが、これは、携帯電話機の年間販売総数10億台のわずか2%に過ぎない。決して難しい数字ではない。
携帯電話機で動くいろいろなアプリケーションについても、いままでは携帯電話サービス会社がイニシアチブを取り、どんなコンテンツを携帯電話機に入れることが可能かを決定する権限のかなりの部分を持っていた。それが、iPhoneでは、基本的にアプリケーションは携帯端末上で動かさず、ブラウザー経由で使うという形をとった。このため、携帯電話サービス会社の携帯端末会社やコンテンツ会社への影響力は、さらに弱まったといえる。
携帯電話サービス会社がその圧倒的な力によって、市場を支配してきた状況が、ここにきて、iPhoneの出現で大きく携帯電話機側に、そのパワーが移行したように見える。AT&Tにとっては、その持っているパワーを弱めてでもiPhoneと2年間の独占契約を結ぶべきとの苦渋の決断だったことだろう。AT&Tのこの決断が正しかったかどうかは、iPhoneの中長期的な成功如何にかかっている。
(7/01/2007)
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