興味深いのは、その価格設定だ。米国では、これまでのモデルと同じ$199という価格(新規ユーザーまたは一定期間持っている携帯端末を使っており、AT&Tと2年契約を結ぶという前提)で、この新しいモデルを販売している。そして、従来モデルは$99と、今までの半額だ。これによって、これまでiPhoneが高価過ぎるということで、手を出していない見込みユーザー層にもビジネスを広げようとしている。
このような価格設定にしたのには、当然理由がある。それは、競合メーカーからの追い上げだ。大きな要因となったのは、ビジネス業界で広く使われているBlackberry(RIM社)が、iPhoneと同様の、タッチパネル方式のStormを昨年11月に発売したことだ。また、Palm社も、今年6月新製品のPreで、同じくタッチパネル方式を採用した。他にもGoogleのOSを採用し、Google Phoneと言われるHTC社のG1、この6月に発売されたNokia N97、Samsungなどもタッチパネルの携帯端末を出しており、iPhoneに類似したものが多く市場に出回ってきたからだ。
そもそもスマートフォンとは何か。正式な定義はないが、米国で一般的に言われているのは、もともとPDA(Personal Digital Assistant)などと言われ、ビジネスで、email等で使われ、パソコン的な機能もある程度備えている携帯端末に、電話機能が加わったものだ。AppleのiPhoneの場合は、もともとはビジネス用途ではない、iPodという携帯音楽プレーヤーだが、これにいろいろなビジネス機能が加わり、電話機能も加わったので、これもスマートフォンに分類されている。一般的に専用OSがそなわっており、ビジネス用途を含めた各種アプリケーション・ソフトウェアが動き、記憶容量もそれなりにある。先月のある調査によると、米国では、大人1,000人に対する調査で、20%はすでにスマートフォン(いわゆる携帯電話を含まない)を持っており、多くの20代、30代の人が、今後1年以内にスマートフォンを購入すると言っている。
一方、日本を中心に、携帯電話にいろいろな機能が加わったものもある。広義には、これらもスマートフォンと呼ばれることもあるし、携帯電話からスタートしたものは、あくまでも高機能携帯電話と分類する場合もある。いづれにしても、高機能携帯電話とスマートフォンは、その領域が重なり合って、ほぼ同じようなものになってきているので、これからは広義のスマートフォンということで、共通に呼ぶことが妥当だろう。
この広義のスマートフォンにたどりついた道は、日米で大きく異なる。日本では、携帯電話が米国よりも先に広がり、それに機能がどんどん追加されていった。そして、PDAと呼ばれるものは、ほとんど普及しなかった。一方米国では、携帯電話の広がりが日本より遅かったこともあり、携帯電話にいろいろな機能がついてくるのが遅かった。逆に、PDAは、eメールを中心に、ビジネス用途に使われ、大手企業では、必要な社員にPDAを提供しているところも多い。そのため、日本ではあまり見ない、eメール中心のBlackberryなどが、かなりポピュラーになった。
今後、この2つの異なる道をたどってきた(広義の)スマートフォンが、どのように発展していくかを考えるとき、大きな鍵となるのは、そこにどれだけ新しいアプリケーションが載せられていくか、という点だ。そのためには、当然、そのスマートフォンのメーカーだけでなく、サードパーティのソフトウェア会社がどれくらいアプリケーション・ソフトウェアを構築してくれるかが鍵となる。パソコンの世界で、マイクロソフトが大きな勝利を収めたのも、マイクロソフトのOSのもとで動くアプリケーション・ソフトウェアの数が多いことが最大の理由だ。
では、スマートフォンの世界ではどうか。AppleのiPhoneは、独自のOSを使っているが、そのAPI(Application Programming Interface)は公開しており、iPhoneの人気とともに、サードパーティのアプリケーション・ソフトウェアの数は増加し、今や5万以上に上る。MicrosoftはWindows Mobile、Googleもこの市場で地位を拡大すべく、AndroidというOSを開発し、すでにいくつかの携帯端末で使われ始めている。Blackberry、Palm Pre等も独自OSを使っている。したがって、パソコンの世界でのMicrosoftのような圧倒的な勝者は、今のところいないが、Appleが、iPhoneの人気、そしてそれに影響されて開発された多くのアプリケーション・ソフトウェアを持ち、優位な立場にいることは間違いない。
スマートフォンのアプリケーション・ソフトウェアは、ビジネス用から趣味のものまで、随分といろいろなものがある。例えば、GPS(Global Positioning System)を利用したいろいろなアプリケーションもモバイル利用に便利だ。地図と行き先までの道順はもちろんのこと、面白いものとして、自分の車を止めたところを記録(その場所で、画面をタッチ(tap))しておき、あとで、今度は車がどこにあるか聞けば、そこまでの行きかたを教えてくれる、という、米国などでは、結構便利そうなものもある。
スマートフォンは、パソコンに比べると、画面は小さいし、キーボードも小さい。しかし、iPhoneのように物理的なキーボードを持たず、画面に出てくるソフト・キーボードにすると、画面はかなり広く使える。また、最近は携帯端末の画面解像度が高いので、ビデオコンテンツも比較的見やすく、短時間であれば、それほど抵抗もない。ウェブを見るブラウザーもパソコンと同様の本格的なものだ。CPUのパワーも高まり、ストレージ容量もパソコン並みだ。こうなると、すべてのこととまではいかないが、外出や遠出しているときのパソコン代わりには、十分なる。
以前、ブロードバンドの発展にあわせ、米国のテレビ局がテレビ番組をインターネットで配信する等、積極的に新しい時代に向け、進んでいることを書いたが、その中で、大手テレビ局ABCの幹部が、これからは、パソコンがテレビに、携帯端末がパソコンになる時代に備える、と言った言葉が、まさしく現実に近づいているように感じられる。
では、この広義のスマートフォン市場における日本メーカーの状況はどうか。日本国内では、高機能携帯電話を次々と出しているものの、米国市場を見ると、スマートフォンはもちろんのこと、高機能携帯電話でも、日本メーカーの製品をほとんど見かけない。これは、多くの日本メーカーが、以前、米国市場から撤退したり、活動を縮小したからだ。しかし最近、日本国内の携帯電話市場が縮小しはじめたので、今頃になって、また海外に再進出しようとしている。
いまや携帯電話に限らず、IT製品はグローバル市場を相手にしないと開発費等を回収できない、という話は、以前も何回かこのコラムで書いてきた。ようやく日本企業もそれに気がつき、再びグローバル市場に出てこようとしているのは大変いいことだが、一度撤退した市場に再び参入するのは、大きな努力とコストがかかる。これからは、グローバル市場から安易に撤退して、狭い日本市場に閉じこもるようなことは、絶対に避けなければならないし、製品ビジネスであれば、最初からグローバル市場を相手にしたビジネスでなければならないことを、再度肝に銘じる必要がある。
(7/01/2009)
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