Apple、今度はiCloud

 iPodに始まり、iPhone、iPadなどとヒットの続くAppleから、iシリーズの最新のものとして、iCloudが6月6日、発表された。名前のとおり、ここ数年話題になっているクラウド・コンピューティング市場へのAppleの参入だ。しかしながら、今回のAppleのクラウド・コンピューティング・サービスは、他社のものと異なっている。クラウド・コンピューティングといえば、インターネット上に大きなデータセンターを置き、ユーザーに対してデータ・ストレージやコンピュータの処理能力を提供したりするInfrastructure as a Service(IaaS)、Eメールや各種ビジネス・アプリケーションをインターネット上からサービスとして提供するSoftware as a Service(SaaS)が中心だ。これに最近はソフトウェア開発環境をクラウド上で提供するPlatform as a Service(PaaS)が加わっている。

 しかし、Appleの今回のiCloudは、趣を異にしている。IaaSやEメールのSaas的なものも含まれているが、それよりもApple製品を持っているコンシューマーに対する、直接的なサービスという意味合いが強い。

 めざしているのは、急激に広まっているiPod、iPhone、iPadなどのAppleデバイス間での、自動的なデータ共有だ。具体的には、iTunesで購入した音楽、iBookで購入した電子書籍、Applicationとして購入したもの、写真等を、どのデバイスで購入したり、写真を撮っても、自動的にすべてのデバイスに、ユーザーの気が付かないうちに共有できてしまうというものだ。電子書籍では、途中まで読んで、どこまで読んだかのブックマークをつければ、そのデータも共有される。

 Jobsが発表会で言っていたように、これらのデバイスを複数持っている人は多く、そのデータ共有のための作業は、どんどん面倒になってきていた。たとえば、iPhoneで撮った写真をiPadで見ようと思うと、まずその写真をパソコンにアップロードし、その後、iPadにダウンロードするという手間が必要になる。これが、新しいiCloudを使うと、自動的に出来てしまう。ユーザーは何もしないでいいので、Jobsの言葉を使うと、「It just works」ということになる。

 データ共有できるものとしては、それ以外にも、カレンダー情報、コンタクト情報、文書ファイル等があり、これらについても、一箇所でデータが更新されると、すべてのデバイス上でのデータが更新されるというのは、大変便利だ。また、IaaS的な使い方として、デバイスのデータをバックアップしてくれるサービスも5GBまで無料で提供される。

 このiCloudサービスはすべて無料で、この秋にデバイスのOSがiOS5になったときに使用可能となる。iTunesのデータ共有に関しては、現在のiOS4.3でも、ベータ版として使用できる。

 これまでのクラウド・サービスは、すべてのデータを基本的にクラウドに置き、そのデータを使う場合は必ずネットワーク接続して使う必要がある場合がほとんどだ。Googleなどの考えるクラウドは、いつでもどこでもインターネットへの高速接続が可能という前提に立っている。そのため、ネットワーク接続できない場合に使えなかったり、また、ときどき起こるクラウド・サービス会社のトラブル等で、ネットワーク・サービスが使えないと、何も出来ないことになる。また、すべてのデータをクラウド業者に渡してしまい、手元に自分のデータがなくなることに不安を感じる人達も少なくない。

 これに対し、今回のiCloudが、他のクラウド・サービスと大きく異なるのは、クラウドをデバイス間のシンクロナイズのために使うことが中心になっており、一旦シンクロナイズされたら、そのデータそのものは、自分の使うデバイスにある、という点だ。そのため、使うときにネットワークにつながっている必要はない。つまり、すべてをクラウドの力に頼り、デバイスは単なる入出力装置にする、という考え方ではなく、デバイスの機能も十分に活用する、ということだ。iCloudは、これまでパソコン(Appleの場合はMac)を軸に考えていたものを、クラウドを軸にしようという考え方だとSteve Jobsは述べているが、軸と言っても、すべてのデータをクラウドに保管するのではなく、クラウドを中継基地として使うという意味の軸だ。

 これは、ユーザーにとって便利で安心なだけでなく、実はAppleにとってもいい話だ。たとえば、写真の共有は、Photo Streamという機能で共有されるが、そのデータは、クラウド上では、30日しか保管されない。その間にデータを共有し、各デバイスに入れることになる。各デバイスでは、最新の写真1,000枚までを自動的に保管し、永久に保管したいものは自分のフォールダーに入れておく。パソコンでは、ストレージが大きいので、すべての写真を保管する。このようにする結果、Appleのクラウドで保管するデータ量が無限に増えていくということがない。なかなかうまいことを考えたものだ。

 ネットワークへの要求も、データ同期のためのデータ転送時だけであり、リアルタイムに使いたいときにデータを転送するわけではないので、常に高速ネットワークにつながっている必要がない。写真などのイメージ情報、さらにビデオ情報等は、大量のデータ転送を必要とするので、ネットワークへの負荷がかかるが、少なくともリアルタイムでの高速性は必要ない。ただし、それでもビデオ情報をリモートデバイスとクラウド間でデータ転送するのはネットワークに大きな負担がかかるので、今後問題になる可能性はある。

 Appleの世界(Appleのecosystem)に入っていると、どんどん居心地がよく、便利になっていく。しかしながら、それはAppleから離れられなくなってしまう、ということにもつながる。これに対し、GoogleのAndroidはオープンであることを売り物にしている。オープンであるから、異なるデバイスメーカーからの製品を使うことが出来るなど、オープンであることのよさがある。その一方で、オープンであるために、ひとつのecosystemを作ることは、なかなか難しい。

 今回のiCloudの発表で、クラウド・コンピューティングは、また新たなページに進んだ気がする。Appleに対し、GoogleとAmazonは、今のところ旧来型のクラウド・サービスだ。先行するAppleのecosystemにどっぷりつかるか、それともメーカー1社にとらわれないオープンなシステムを志向するか。ユーザーにとっても考えどころだ。

(07/01/2011)


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