日本とアメリカ、日本人とアメリカ人を比較する議論はよくあるが、その中の一つに日本人はアメリカ人に比べて働き過ぎであるとよく言われる。 日本人は毎日夜遅くまで働いているのに、アメリカ人は5時になるとすぐ帰ってしまう、休暇もいっぱい取る、というイメージを日本の方々はもっているのではなかろうか?
確かに表面的に見ると、最近変わって来たとはいえ、まだまだ日本では残業が多く、休暇の取得率などもアメリカに比べ、低いようである。 日本、アメリカそれぞれの全体の平均をとれば、今でもそのような傾向であると言えるだろう。 しかし、情報革命の最先端、シリコンバレーにあるコンピューター関連企業を見た場合はどうであろうか?
最近、当地シリコンバレーの地元紙San Jose Mercury紙が報道したシリコンバレーのベンチャー企業の労働状況の内容を一部借りてご報告したい。 まず、つい最近株式上場で百数十億円という大きな資産を得た(現在は紙の上で、上場から6ヵ月間は換金出来ないが)インターネットのイエローページとサーチ・サービスで有名なYahooの創設者の一人、David Filo(30才)の場合はどうだろう。 彼は4時間以上睡眠をとる事は珍しく、夜明けまで仕事をするのもしばしばとの事である。 この新聞の記事でも、朝7時20分にようやく仕事を終え、会社の自分の机の下にもぐり込み、仮眠をとっている姿の写真がのっている。
David Filoが特別なわけではなく、Yahooでは多かれ少なかれこのような状況で皆働いている。 また、Yahooが特別なわけでもなく、インターネットのブラウザー、サーバー・ソフトウェアで有名なNetScapeをはじめ、インターネットに関連したソフトウェアを開発しているベンチャー企業は、おそらく皆このような状況であると想像される。 インターネットにかぎらず、コンピューター関連の企業では、Yahooほどではなくても大なり小なり皆、通常の感覚では明らかに“働き過ぎ”という状況である。
このような“働き過ぎ”状況はソフトウェア業界ばかりではない。 先日訪問したパソコンのボード等を委託製造している会社では、一日24時間、3交代制をとって仕事をしている。 それにより、顧客からの一日一回以上の頻繁なエンジニアリング・チェンジにも対応しているのである。 交代制であるから、一人ひとりは働き過ぎとはいえないかもしれないが、24時間、3交代制で製造している会社など、日本でもほとんどないのではないだろうか?
何故こんなにシリコンバレーのベンチャー企業の人達は頑張って働くのであろうか?
5月のレポートで書いたようにベンチャー企業は成功して株式上場が出来ると、大きな資産を一夜にして得る事が出来る。 それをめざして皆一生懸命頑張っているという面は、間違いなくある。 しかし、それだけではない。 今起こっているインターネットに代表される情報革命の動きがとてつもなく速いというのが、もう一つの大きな理由である。 この速い動きの流れでは1日の遅れがマーケット・シェアに大きな影響を及ぼしたり、他社にパテントをとられたりという事になってしまうからである。
例えば、NetScapeは現在インターネットのブラウザー市場で圧倒的なシェアをもっているが、後発のMicrosoftがインターネット市場の重要性を重く見て、大量のスタッフを導入して猛烈な速さで製品の開発を進め、追いかけてきているので、NetScapeにとって新しい機能を追加した製品をいち速く市場に出す事は、企業の存続にかかわる大問題である。
しばらく前から言われている事だが、今やtime to market(市場にどれだけ速く製品/サービスを提供できるか)が、特にコンピューター、通信、なかでもインターネットの分野では最大の懸案となっている。 この分野でビジネスを行っている会社は米国企業であろうと、日本企業であろうと、この事を胆に命じておく必要がある。
シリコンバレーで仕事をしている人達はこの事がいやというほどわかっていて、睡眠時間4時間というような過酷な状況にも耐えて頑張っている。 その結果、情報通信の世界ではその進展の速度がどんどん加速しているのである。 今やインターネットの世界では、1年などという単位で物を考えていたらとても話にならない。 先日の日本経済新聞に日本アイビーエムの北城社長が、3ヵ月を1インターネット年と考えているというような記事があったが、シリコンバレーでは、3ヵ月などではなく、Web week、つまり1週間単位で物を考える必要があるといわれている。 それほどまでに、インターネットの世界は猛烈な勢いで進んでいるのである。
日本では確かに多くの人々が長時間勤務をしている。 しかしその理由は本当にこの情報革命の速さを理解し、その速さに負けないために長時間勤務をしているのかどうか、疑問に思えてならない。 むしろ多くの人達がああでもない、こうでもないとミーティングを重ね、結論を出すのに時間と労力をかけているだけなのではないかという気がする。 もしそうであるとすると、これは単に時間と労力の無駄使い(と言っては言い過ぎかもしれないが)で、time to marketの改善にはなんの貢献もしていないばかりではなく、むしろ悪影響を及ぼしている事になる。
昨今の厳しい競争社会では、9時から5時まで働いていれば十分やっていけるという企業は残念ながら少ない。 日本人でも、アメリカ人でもコンピューター、通信分野、特にインターネットに関連した分野で働く人達は皆“働き過ぎ”状態にならざるを得ない。 しかし、どうせ一生懸命働くなら会社のために、ひいては自分のためになるよう、効率よくやりたいものである。 インターネットの急速な進歩の裏には、アメリカ人の猛烈な“働き過ぎ”があるのである。
(7/01/96)
メディア通信トップページに戻る