しかしながら、Motorola Mobilityは携帯電話に関連したパテントを17,000以上持っており、現在申請中のものもさらに7,500ある。一方Googleは、Android関連パテントをわずか520ほどしかもっておらず、Google自身やAndroidを使った機器メーカーが、最近Apple、Microsoft、Oracle等にパテント侵害を訴えられ、Androidの今後の開発に支障があるため、その防御のためにMotorola Mobilityを買収した、というのがもっぱらの評価であり、Googleもそれが買収の大きな理由のひとつと述べている。
実際Googleは、つい最近、カナダの大手通信機器メーカーNortel Networksが6,000のパテントを売りに出したときも、その購入を図ったが、Apple、Microsoft、Research in Motion(Blackberryのメーカー)連合に阻まれた、という経験をしている。なんとしてでもパテント戦争に負けないため、Motorola Mobilityのパテントが必要だった、ということだろう。
しかし、今回の買収劇は、単なるパテント買収ではなく、企業そのものの買収なので、単にパテントを確保した、という意味だけにはとどまらない。プラスの面から見ると、一つには、Googleは、これから本格的に自社でハードウェア、ソフトウェアを合体させた、ユーザーに最も使い勝手のよい携帯端末を作ることができるようになる。Googleは実は自社ブランドでNexus One、Nexus Sというものを出していたが、ハードウェア生産は他社に委託しており、ハードウェア開発経験も浅いため、十分ハードウェアとソフトウェアを融合させた製品とはなっておらず、ほとんど売れていなかった。今度はハードウェア開発経験の長い19,000人におよぶMotorola Mobilityの人達の力を得て、本格的なGoogle/Motorola端末を作ることができる。Appleがこれまでスマートフォンやタブレットの世界で大きな成功を収めてきたのも、このハードウェアとソフトウェアの融合(垂直統合)を、すべて自社で行ってきたからだ。
この面では、大きなプラスだが、一方で、ハードウェアを自社開発・販売することによるマイナス面も見逃せない。そもそもAndroidはオープンなOSということで、Motorola Mobilityをはじめ、Samsung、LG、HTCなど、39のメーカーが競ってAndroidを採用してきた。この中には日本のメーカーも含まれている。彼らにとっては、Androidを採用することにより、自社でのOS開発が不要になり、独自のハードウェアで勝負することができた。そのため、ここ数年でAndroidの採用は急激に増え、最近では、スマートフォン出荷台数のうち、50%近くがAndroidを使用し、人気のAppleをも大きくリードしている。
しかし、Androidを開発しているGoogleがMotorola Mobilityを買収し、自社のハードウェアを持つことになると、Androidを採用している他社は、ハンデを感じざるを得ない。GoogleはこれからもAndroid を他社に差別なく提供すると言っているが、それが事実だったとしても、Motorola Mobilityのハードウェアと親和性のいい機能をAndroidに仕込んでくることは、目に見えている。こうなると、他メーカーは、Androidの採用は続けつつも、他のOS、たとえばMicrosoftのWindows Phone 7にもAndroidと同じレベルで力を入れることが十分考えられる。そうなると、これまで急激に伸びてきたAndroid OS採用の動きに変化が生じる可能性は高い。これはGoogleにとって、今回の買収の大きなマイナス面となるだろう。
このマイナス面を承知で、Googleはオープンなソフトウェアの提供から、Appleのようなハードウェアとソフトウェアを融合したものを提供することにシフトした、と言える。Microsoft がパソコンの世界で行ったように、ソフトウェアだけで高い市場シェアを取り、それを利用してモバイルでの広告やアプリケーションを牛耳る、という戦法もあったはずだが、今回の買収で方針を変えたことになる。これによって、スマートフォン市場全体が、ハードウェア・ソフトウェア融合の製品中心になる可能性がある一方、MicrosoftがWindows Phone 7を武器に、オープン・ソフトウェア中心の戦略を展開する可能性もある。Microsoftは現在、市場で苦戦しているが、このGoogleのMotorola Mobility買収を契機に浮上してくる可能性もある。
今回の買収が、このように携帯端末にかかわる部分が中心であることは間違いないが、Motorola Mobilityは、実は売上の1/3になるケーブルテレビのセットトップ・ボックスを中心としたテレビ放送関連ビジネスを持っている。Googleは、テレビメーカー数社と協力して、自社ソフトウェアをメーカーに提供している、いわゆるGoogle TVがあるが、これまであまり売れていない。その起爆剤に、このMotorola Mobilityの買収が寄与するのではないかとの見方もある。ただし、Google TVが成功していないのは、セットトップ・ボックスの技術的な問題等ではなく、Google TVの持つオープンなブラウザーから、テレビ番組等を提供するウェブサイトに自由に入れることを嫌っている著作権保持団体との問題なので、私の見る限り、この分野での寄与は難しい。
Googleの今回の買収は、両社の取締役会で承認されており、独占禁止法にひっかかるかどうかの政府による承認は必要だが、仮に何か条件を付けられるとしても、承認されるだろうというのが、大方の見方だ。Googleにとっては、これまで未知といえるハードウェア・ビジネスに本格参入することになるが、その利益率やビジネスモデルは、これまでのものと大きく異なる。また、社員数も、現在の29,000人近くから48,000人近くに一気に増え、企業カルチャーも大きく異なる組織の融合は、容易ではない。買収金額が大きいことだけでなく、これからGoogleがどのような会社になっていくのか、Googleにとっても、大きな賭けとなる買収だ。
(09/01/2011)
メディア通信トップページに戻る