90パーセント・クラブ

最近米国で、インターネットに関連したベンチャー企業(通称ドットコム企業)を中心に、90パーセント・クラブがちょっとした話題となっている。さて、皆さんは90パーセント・クラブという言葉を聞いて、どんなものを想像されるであろうか?

一般にXXクラブというと、何か一部の成功した人達が入れるもの、あるいは成績目標を達成したときに入れるもの(100パーセント・クラブなど)など、一般にいいことを言う場合が多い。

しかし、このドットコム企業を中心として今話題になっている90パーセント・クラブは、あまりいい話ではない。インターネットのここ数年の大きな広がりにより、多くのベンチャー企業が登場し、その中の多くが株式上場してその株価が上昇した。そして、それらベンチャー企業の経営幹部は勿論のこと、社員も皆、ストック・オプションによって、場合によっては大きな報酬を受け取った。

ところが今年になり、インターネット関連株に大きな変調が現れ、特に業績が思わしくない企業は、その株価を大きく下げた。新聞等の報道によると、少なくとも60社の株価は、ピーク時から90パーセント以上下落している。このような株価が急落した企業で、ストック・オプションを持っている人達のことを、俗に90パーセント・クラブなどといい始めているのである。

なかでも最大の下げ幅を出したのは、US Interactive社の98.6%である。インターネットに関連したインフラストラクチャーを提供する企業を含めると、ICG Communications社が、ピーク時からわずか半年あまりで、実に株価を99.4%も下げている。

特に、経営幹部の場合、ストック・オプションとしてもらっている株式数が多いため、紙の上での損失(正確には利益の減少)総額はかなり大きな数字となる。US Interactive社の会長のEric Pulierの場合で言うと、ピーク時$296 million(300億円以上)あったものが、わずか(?)$4 million(4億数千万円)以下になってしまった。

ストック・オプションとは、ご存知の方も多いと思うが、企業が社員のモラル向上等のため、社員に一定価格で自社株を買う権利を与えるものである。社員それぞれによって、その与えられるストック・オプションの数は異なるが、ベンチャー企業の場合、秘書を含め、社員全員にストック・オプションが与えられるのが一般的である。

ストック・オプションは、オプションを行使し、株式にしてそれを売却することで初めて株価上昇による利益を得ることが出来るが、それにはいくつかの制約がある。まず第一に、与えられたストック・オプションにはべスティング・ピリオド(vesting period)というものがあり、いつでも好きなときにオプションを行使できるわけではない。ストック・オプションは、もらったときから毎年、または毎月少しずつしかオプションを行使して株式に変換することができない。すべてのオプションを行使して株式とし、売却して利益を得るまでには通常4−5年を要する。これによって、会社は優秀な人材を出来るだけ長く(といっても4−5年だが)確保しておこうとするわけである。

また、別な制約として、会社が株式を無事上場しても、上場後半年はロッキング・ピリオド(locking period)といって、オプションは行使出来るものの、その株式を売却することができない。これは、株式上場直後に社員が株式を売却してしまうと、株価に大きな影響が出る可能性があるためである。

会社それぞれによって、その株式上場、株価下落のタイミングは異なるので、一概には言えないが、今回のインターネット株のピークへの上昇、そしてそこからの下落までの期間が短かったため、株価が大きく下がったベンチャー企業の場合、株価ピーク時には、これらの制約のため、株式を売却出来ない、あるいは売却できても、そのごく一部であった場合が多いことは間違いない。

さて、このような状況は、会社に、そしてそこで働く社員に対してどのような影響を及ぼすであろうか。会社として、高株価を背景に、他社を買収するようなことが難しくなったのは、言うまでもない。また株価上昇を期待する優秀な人材を取りにくくなったとも言える。ただし、後者については、今のインターネット株、特にしっかりとしたビジネス基盤を持つ会社は、その株価が低すぎるとも言えるので、そこまで判断できるような人材は採用することが出来るだろう。

一番大きな問題は、既存社員のモラルであろう。短期的には、大金を手にしたと思っていたのが、それが泡と消えてしまい、ガックリしているであろう。しかし、これは逆に社員に日々の仕事に集中力を取り戻すよい機会であるとも言える。

人間だれしも大金が簡単に手に入ってしまうと、日々の仕事がおろそかになりかねない。それが株価の急落で、その大金が消えてしまったので、日々一生懸命働いて得られる給料が再び大切になってきたのである。これは長期的に見て、明らかに健全な姿である。社員が皆大金を手にし、日々の仕事をどうでもいいと思い出したら、その会社に将来はないからである。

ベンチャー企業で頑張って働いている人達が、首尾よく株式上場した場合、それなりの余禄を得るのはいいことだと思う。そのために昼夜を分かたず頑張っているのであるから。しかし、インターネット株バブルで、その余禄があまりにも大きくなりすぎていた。

90パーセント・クラブに入ったといっても、そもそもストック・オプションというものは「余禄」であるから、これは単に余禄が小さくなっただけで、何も破産の憂き目に合ったわけではない。US Interactive社の会長にしても、300億円以上が、わずか4億数千万円になってしまったかもしれないが、まだまだわれわれ一般人から見れば、資産家の部類であることは間違いない。

しかし、彼のレベルでは、これはきっと満足のいく数字ではないであろうから、また明日から自社の株価を上げるために頑張って働くであろう。90パーセント・クラブの登場は、世の中を正常化する上で、むしろ歓迎すべきことである。

(00-11-1)


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