放送とインターネットの融合で変革する放送業界、広告業界

今年の4月には「IP電話からIPビデオへ」、5月には「大きく変わる電話会社のビジネスモデル」というタイトルで、ビデオがいよいよインターネットの世界で本格的に利用されはじめ、電話会社やケーブル会社は、音声、データ、ビデオを含むトリプルプレー・サービスに向け、注力していることを書いた。このようなインターネットでのビデオの世界が広がることにより、ユーザーのテレビの見方がどんどん変わり、放送業界、広告業界がこれから大きく変革する。

日本では今年、ライブドアのニッポン放送株大量取得によるフジテレビ提携騒動や、楽天によるTBS株大量取得による経営統合騒動など、テレビ・放送業界とインターネット業界との関わり合いが注目されている。これらの事件は、日本社会に、会社とは何か、資本主義とは、会社買収とは、等々、さまざまな波紋を投げかけた。しかし、それに加え、放送とインターネットの融合という今後の大きな問題がからんでいたことは、言うまでもない。

ライブドアにしても、楽天にしても、何らかの形での放送とインターネットの融合を図り、そこにビジネスチャンスを見て、このような行動にいたったと考えられる。ただし、どこまで具体的な計画があったかは定かでない。楽天などは、一部私の知る範囲の情報では、楽天市場でのインターネット販売と放送の融合に重きを置いていたようで、インターネットを使った番組放送など、本当の意味での放送とインターネットの融合までは、十分な計画がなされていなかったようにみえる。それでいくと、TBSが既にUSENと提携して、番組を一部提供しているようなもののほうが、放送とインターネットの融合という観点からは、注目される。

さて、放送とインターネットが融合して、どのように視聴者のテレビの見方が変わるか。実は、放送とインターネットの融合が始まる前に、すでに視聴者のテレビの見方が大きく変わってきている。ビデオテープ・レコーダー(VTR)に加え、最近のDVR(Digital Video Recorder)の普及は、視聴者にテレビ番組を、その放送時間以外に見る機会を作った。VTRやDVRでは、番組を見るときに広告をスキップして見ないという現象も広がっており、広告主には大きな問題となってきている。

このような視聴者の動きに合わせるように、テレビ業界もテレビ番組のオンデマンド化に進み始めた。つい最近、米国4大テレビ局のABCが、AppleのビデオiPodに一部の人気番組を番組当たり$1.99でダウンロードできるようにしたのに続き、大手テレビ局のCBSとNBCが、ケーブルテレビのComcast、衛星テレビのDirecTVとそれぞれ提携して、こちらも人気番組のオンデマンドによる視聴(番組当たり$0.99)を可能にすることにした。つまり、テレビ番組は、もはや決まった放送時間に見るのではなく、見たいときにオンデマンドで見るようにどんどんなってきている。

そこにインターネットが登場すると、今度はそのオンデマンドによる番組視聴が、上のCBSやNBCのように既存のケーブルテレビや衛星テレビ経由ではなく、インターネット経由で行われるようになる。これは、インターネット経由ですでに始まっている、ストリーミング・ビデオによるビデオクリップ視聴が、次第にテレビ番組にまで広がってくるということだ。実際、AOLとWarner Brothers(ともにTime Warnerの傘下)は、古いテレビ番組を無料でコマーシャルをはさみながらインターネットで提供するIn2TVサービスを来年1月から開始予定である。

米国では、主要テレビ局がニュースなどのビデオクリップを自社のインターネット・サイトで提供しており、最近はテレビではなく、このようにインターネットでニュースを見るという人が増えている。さらに、それぞれのテレビ局ではなく、各テレビ局のコンテンツを集め、オンデマンドで番組を配信するコンテンツ・アグレゲーターも現れている。テレビ局にとっては、自社のコンテンツを自社のネットワークだけでなく、他の流通チャネルを経由して配信できるというメリットがある。しかし、一方で、それは通常のテレビ放送の視聴率低下を招く恐れが十分にある。

今までのテレビ局(民放)のビジネスモデルは、高い視聴率の番組を製作し、その番組に対する広告枠を高く売る、ということが基本であったから、それを大きく揺るがすことになる。これがわかっていたから、各テレビ局ともインターネットによる番組配信には、これまで慎重だったし、今でも慎重に事を進めていることに変わりはない。しかし、もうインターネットによる番組配信は、避けて通れないという点は各局とも理解しているから、少しずつ様子を見ながら、インターネットによる番組配信を実施しようとしている。いままでのテレビと同じく、無料で配信し、広告収入に頼ろうとしているものもあれば、有料サービスで行おうとしているところもあり、ユーザーの反応を見ながら新しいビジネスモデルを探っているところだ。

ユーザーの立場で見ると、見たいテレビ番組を見るのに、どのチャンネルだったか探したりせず、コンテンツ・アグレゲーターのサイトに行けば、どのテレビ局の番組でもそろっている、という状況になれば、もうそれぞれのテレビ局のサイトに行かず、コンテンツ・アグレゲーターのサイトに行ってしまうだろう。これは、広告収入をベースとしている放送業界、また、その広告を販売している広告業界のビジネスモデルを一変させる大きな出来事である。

また、コンテンツを製作する側が、テレビ局を抜きにして、このようなコンテンツ・アグレゲーターと直接契約してしまったり、あるいは、コンテンツ製作者が直接ビデオ配信するということも十分考えられる。コンテンツ製作者が主体的にそのコンテンツを配信し始めたらどうなるか。何と言っても、ユーザーが見て楽しむのは、コンテンツそのものである。番組製作部門を除いた、テレビ局の配信部門は、コンテンツ製作者と視聴者のいわゆる「中間」に位置するビジネスである。広告代理店も同じくテレビ等の媒体と広告主の「中間」に位置するビジネスである。インターネットがこのXX代理店とか、XX仲介業という、中間的な業態を排除することは、私が1995年に「インターネット・ワールド」に書いた通りであり、すでに旅行代理店の多くは姿を消すか、業態を単なる仲介業とは異なるものに移行させている。このようなことが放送業界、広告業界に起こってきても、何の不思議もない。

すでに広告主は、テレビへの広告費用を削減し、その分、インターネットへの広告にお金を回している。テレビ番組がどんどんインターネットで流されるようになると、この動きは一段と加速するだろう。テレビ局のゴールデンタイムなど、広告のためのキーとなる媒体を握っている広告代理店は、その強みが消えていくことになる。

現在のインターネット接続は、ADSLなどがまだ多く、本格的にフルスクリーンで、テレビと同じ品質で番組を見れるところまでは来ていない。しかし、これも光ファイバーによるFTTH(Fiber to the home)の広がりによって、どんどん実現する。そもそも通常のテレビ番組をIPビデオ通信を使って見るIPTVができるようになれば、個別番組を今まで述べてきたような形でテレビと同じ品質で見れるのは、当然である。現在はじまっている電話会社によるIPTV放送は、従来のテレビをそのままIP通信に置き換えるというものだが、今後、IPTVは単純なテレビ放送の置き換えではなく、テレビ番組のオンデマンド放送のキーとなるかもしれない。

放送とインターネットの融合で、テレビ局の番組配信の方法が大きく変わり、また、コンテンツ製作者が独自の配信ルートを開拓し、コンテンツ・アグレゲーターも登場してくる。ユーザーはテレビの見方が変わり、そして関連する広告業界なども大きく変わる。業界にとっては一大事だが、ユーザーにとっては、番組視聴のための選択肢が増え、便利になる。われわれ海外に住んでいる人間が、いつでも好きなときに日本のテレビ番組を見れるようになるのも、もうすぐだろう。

(11/01/2005)


メディア通信トップページに戻る