エレクトロニック・コマース、その後


私がエレクトロニック・コマースについてこのコラムに書いたのは丁度1年前の事である(全文は1995年11月のレポートをご参照下さい)。その最初を見てみると“今、米国で一番ホットな話題、それはインターネットを利用したエレクトロニック・コマースである”とある。さらに読み進むと、次のように書いてある。ちょっと長いが、引用してみると、“このようなエレクトロニック・コマースの大きな動きに対し、大きく分けて2つの見方がされている。ひとつは、このようなエレクトロニック・コマースの動きを見て、今やエレクトロニック・コマースは爆発的に広がっていると見る見方である。もう1つは、いやいやエレクトロニック・コマースはメディアが騒いでいるだけで、実際はほとんど実施されておらず、インターネット上のエレクトロニック・コマースは単なるまぼろしか業者の希望的観測にしか過ぎないと言う見方である。極端な人は、インターネット上のエレクトロニック・コマースはもう死んでしまったなどと言う人までいる。私は、どちらもちょっと極端過ぎる見方だと思う。確かに、エレクトロニック・ストアフロントやエレクトロニック・ショッピング・モールが沢山出来ているわりには、まだまだそこで行われているビジネスのボリュームはテレビショッピングなどに比べると極端に小さい。したがって、今、エレクトロニック・コマースが爆発的に広がっていると言うのは、はっきり言って言い過ぎである。しかし、現状がそうだからと言って、インターネット上でのエレクトロニック・コマースは今後も望みがないかのような言い方をするのは、これもまた、大きな間違いである。私がみるところ、今日の時点ではまだ市場が十分に発展していないものの、近い将来はかなり大きな発展をとげるものと強く感じている。しかし、これにはある程度時間がかかる事も承知しておく必要がある。”

さて、1996年11月現在の状況はどうなっているであろうか?米国でのエレクトロニック・コマース熱は1年前に比べると収まったといえる。したがって、1年前にエレクトロニック・コマースが爆発的に広がっていると言っていた人々は間違っていたといわざるを得ない。では、インターネット上でのエレクトロニック・コマースは今後も望みがないという見方はどうであろうか?これまた、最近のクレジット・カード会社によるセキュリティを強化した支払い方式の標準化の動き、また、小額支払いシステムについてもいくつかその方式が出てくるなどしている世の中の動きを見ると、これは決してインターネット上でのエレクトロニック・コマースは今後も望みがないという状況でもない。

では、この1年で何が見えてきたか。既に私が、1年前に書いたとおり、セキュリティや小額支払いシステムの問題等の技術的な問題の解決に予想どおり時間がかかっている事がまず第一に上げられる。しかし、今見たように、クレジット・カード会社もマイクロソフトやネットスケープといったインターネット関連ソフトウェア各社と協力してシステム開発を続けており、その標準を利用したシステムもそろそろ世の中に出てこようとしている。小額支払いシステムについても、大学の研究レベルから進み、メーカー(例、Cyber CashのCyber Coin)が実用可能なシステムを発表するところまで来ている。

次に、私が1年前に指摘したインターネット利用者の片寄りの問題も、少しずつ広がりを見せているとはいうものの、まだ米国でも一般家庭で主婦や子供がテレビを見るのと同じようにインターネットを使っているという状況までにはいたっていない。しかしこれも、今年に入って大手の電話会社(例、AT&T、Pacific Bell)がインターネット・アクセス・プロバイダーの仲間入りをし、格安の値段で家庭からインターネットに接続できるようになってきた。大きいのは価格が安いという問題よりも、むしろ家庭にとってなじみの深い会社がインターネットの接続事業に参入してきたことである。今までは一般家庭では聞いたこともない名前の会社にインターネット接続の契約をしなければならなかった。それが、いつも使っている電話会社が相手となれば、安心感は何倍にもあがる。

ただ、家庭にインターネットが本格的に普及するまでには、まだまだ課題が多い。パソコンは複雑すぎて使えない(使いたくない)という人々が、米国でもまだ多数存在する。これに対する方策として、テレビを利用したインターネット接続を進めようとしているところがいくつかあるが、テレビの解像度の問題もあり、これですべて解決というほど簡単なものではない。また、インターネットとの接続スピードが遅く、画面が出てくるのに時間がかかりすぎてとても使う気になれないという人々も多く存在する。これも、ケーブルテレビ網の利用や、既存電話線を使った高速通信(例、ADSL)が検討され、実験もはじまっているが、広く普及するにはまだまだ時間がかかるであろう。

1年前のレポートで書いた、3番目の問題、人々の新しいものに対する信頼の問題も、予想どうり大きな障害として、横たわっている。エレクトロニック・コマースは特にお金がからんでいるので、人々はなかなか飛びつかないのはあたりまえである。この点については、米国のほうが銀行のATMや自動振替の普及の遅さから見ても、日本に比べて保守的であることは、前回も書いたとおりである。ただし、これはこのために未来永劫エレクトロニック・コマースが広がらないという訳ではなく、単に時間がかかるという話である。

結論は1年前と同じである。インターネットを利用したエレクトロニック・コマースは今日の時点ではまだ市場が十分に発展していないものの、近い将来はかなり大きな発展をとげるものと考えられる。しかし、これにはある程度時間がかかる事も承知しておく必要がある。何をもって広く普及したというかにもよるが、エレクトロニック・コマースの普及にはまだあと3年前後はかかるのではなかろうか。

ただし、ここで注意しておくべき事は、すべての種類のエレクトロニック・コマースが同じスピードで発展していくわけではないという点である。ここまでの議論の中心は一般消費者向けのエレクトロニック・コマースであったが、企業対企業の電子取引はもう少し早く普及するであろう。これは、上で述べた2番目と3番目の問題が、ここではほとんど存在しないからである。また、売られる商品によってはエレクトロニック・コマースにより購買したほうが大きなメリットがあるものもある。例えばコンピューターのソフトウェアは買ったとたんにネットワーク経由でダウンロードして使うことが出来る。このようなものについてはエレクトロニック・コマースが他より早く普及する。また、現在のインターネット・ユーザー層に合った商品(ソフトウェアはこれにも該当する)の販売も同様である。

また、もうひとつ注意しておくべき事は、エレクトロニック・コマースが普及したあかつきにも、他の販売方法が大きくとってかわられるとは限らないという点である。人はインターネット経由で買ったほうが得(このなかには“楽しい”というようなものも含まれる)にならないと、いつまでもそれを利用しない。これには、商品の向き不向き、インターネット上での商品の売り方、値段の付け方、商品の発送方法、また、個人個人の嗜好にも大きく左右される。インターネットによるエレクトロニック・コマースは人々にもう一つ新しい購買の選択枝を与えたとみるべきである。カタログによる通信販売が世の中のお店を激減させたわけではないにもかかわらず、ある分野では大成功を収めていると見られているのと同様に、エレクトロニック・コマースも、新しい購買の選択枝としていずれ大きな位置を占めるであろう。ただし、それまでには時間がかかることは、くれぐれもお忘れなく。

(11/01/96)


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