日本のIT業界再生のための政府の取るべき方策

日本のIT業界が不況に苦しんでいること、そして、日本のIT業界の体質の弱さについて、先月のレポートで述べた。今回の日本における、いわゆるIT不況が米国のそれと大きく異なり、その根本にある日本のIT業界の体質の弱さを理解することは、重要である。しかし、単に問題点を指摘しただけでは、何の解決にもならないので、今月のレポートでは、米国での体験を踏まえた、私なりの方策を述べてみたい。

先月のレポートで述べた日本のIT業界の体質の弱さは、次の3点である。
(1) 半導体依存体質
(2) ハードウェア事業中心で、遅れているソフトウェア、サービス事業への移行
(3) ベンチャー企業が育たない風土

このレポートでは、個別企業のビジネス戦略に関する提言をするのではなく、日本の社会全体として、どう変化していくべきか、について考えてみたい。そういう意味で、(1)の企業の半導体依存体質というのは、個別企業の問題であり、それぞれの企業が半導体のビジネス・サイクルに会社全体の業績が左右され過ぎないようにすることであり、ここでは触れないことにする。

(2)のハードウェアからソフトウェア、サービス事業への移行も、それぞれ個別企業の戦略の問題という側面もあるが、それだけではない。個別企業の問題としては、すでに以前から、このようなビジネスの移行を戦略として掲げていた企業は多かった。むしろ問題は、それがなかなか出来ない社会環境にある。

ハードウェアからソフトウェア、サービス事業への移行については、米国のIT企業も同様のことを行う必要があった。コンピューター業界の巨大企業IBMは、その必要性に真っ先につきあたったと言ってもいい。メーンフレーム・コンピューターが全盛の頃は、ハードウェアの利益率が高く、ビジネスの中心であった。しかし、クライアント・サーバー型へのコンピューターのダウンサイジング、プロプラエタリ―(独自)な技術からオープンな技術への移行、ハードウェア価格の大幅低下等を受けて、ハードウェアは、もうけの少ないビジネスとなってしまった。

これに対し、一時的に経営困難に陥ったIBMは、外部から新社長を迎え、大胆な構造改革を行って、見事にソフトウェア、サービス事業への移行(ハードウェア・ビジネスが無くなったわけでは勿論ないが)を果たし、今回のIT不況といわれているものの影響をほとんど受けていない。

IBMが8年前に実施したことが、日本で実行できなかった大きな原因は、日本における雇用慣行、人員削減の難しさである。では、これを変えるにはどうすればいいか。根本は、以下の5点にまとめられる。
(A) 企業が不要な人員を削減しやすいようにする
(B) 企業から退職を言い渡された人がしばらく生活に困らないような制度を整備する
(C) 企業が中途採用をしやすくする
(D) 転職する人が転職しても損をしないようにする
(E) 上の(A)から(D)を実現するため、政府がいままでの企業内雇用維持的な指導から、人材流動化を進め、社会全体としての雇用維持に注力する

以前にも話したかもしれないが、私は14年近く前に日本から米国シリコンバレーに移り住んでいるが、最初に米国で仕事をはじめたとき、たまたまシリコンバレーの景気が悪くなってきたタイミングだったため、ご多分にもれず、私の勤める会社でもレイオフによる人員削減が行われた。当時日本から来たばかりの私にとっては、頭では理解していたことながら、目の前でそれを見るショックは、少なからぬものがあった。レイオフに慣れた米国人といえども、やはり明日から仕事がないというのは大変だというのが、十分感じとれた。また、会社に残る人間にとっても、自分はレイオフされないようにと、自己防衛に走る姿が見えた。これらを見て、日本の慣習である終身雇用は、やはり守るべきものであると、当時思ったのを記憶している。ただし日本のもう一つの慣習である年功序列については、日本を離れる前から、これはよくない慣習であると思っていたし、今もそれは変っていない。

しかし、この終身雇用が守るべき慣習であるとの当時の私の考えは、その後、大きく変った。米国で見ていると、確かにレイオフは一時的にレイオフされる人達に「痛み」を与える。しかし、人間、一度や二度の人生の痛みでへこたれるほど弱くない。むしろそれをばねに頑張り、今まで以上のいい人生を過ごす人も多いということである。試練はむしろ人間を強くし、その人を成長させる力を持っている。英語で“Life Goes On”という言葉があるように、何があっても、そのショックを通りぬけ、人生は続くというわけである。

それに加え、これまでの10年あまりの日本の状況を見ていると、無理やり企業内で雇用を守ろうとするため、企業はいつまでも業績が改善されない。その結果、雇用はある程度守れるかもしれないが、弱い企業が弱いまま残り、銀行は弱い企業を守るために弱り、銀行が続々つぶれては、国の金融システムが崩壊するという大義名分により、国民の税金が使われるという、到底受け入れられない状況が起こっているわけである。

この二つのことを見るとき、私の終身雇用に対する考え方は、180°変ったといっていい。今は逆に、終身雇用を前提とせず、むしろ雇用流動性を上げ、その代わり、不幸にして会社から退社を余儀なくされ、失業に追いこまれた人達に対する雇用セーフティーネットを充実させるべきだと考えている。現在でも失業保険は存在するが、それでは不十分な気がする。失業保険の期間延長、新しい仕事につくためのトレーニングの整備など、現在でも何らかのものはあると思うが、従来のシステムは、人材の流動化を前提としておらず、人材流動化促進という観点でゼロベースで見なおしをかけ、政府が予算をつけて強化すべき課題である。

また、雇用流動性を増すために、(A)と(B)だけでなく、(C)の企業が中途採用をしやすくし、(D)の転職する人が転職しても損をしないようにすることが重要である。具体的には、やはり退職金の問題が大きい。現在のところ、転職すると、退職金の面で転職者が損をする場合が多い。これは企業それぞれの退職金規定にもよるが、それ以外にも税制上の問題がある。少なくとも国は税制面で転職者が全く損をしないように配慮しなければならない。

米国の場合、日本で言う確定拠出型年金が基本であり、転職者は、それまでに勤務した会社で貯めた、将来受けられる年金をそのまま持って次の会社に移ることができる。このようにすれば、貯められている年金には、何ら税金はかからない。日本では、新聞報道等によると、最近開始され始めた確定拠出型年金にしても、まだまだ税制上、いろいろな問題があると聞く。出来るだけ早く、米国同様、転職による不利がなくなるように制度改革をすべきである。

また、中途採用のための特別補助金のようなものを出すことによって、人材流動化を活発化させ、企業にとって中途採用することがむしろ得になるようなしくみを作るべきだと考える。特に中高年の中途採用については、日本では「ある程度、年齢に応じた賃金を」という考え方が、採用する側にも、採用される側にもあり、これが人材流動化の大きな阻害要因となっている。新聞紙上に出ている求人広告などに、年齢制限が設けられているのもその現れである。

米国では年齢制限を設けて人材募集することは、そもそも法律で禁じられている。また、就職面接で年齢を聞くことも許されない。これは、あくまでも年齢による差別をしないようにするためであるが、同時に、人材の採用、そして給与に関しては、年齢に関係なく、その人の仕事の価値によって決められるという点がある。日本でもいち早く、このような形にしていくことが、人材流動化推進につながる。

全体として、今までの制度は企業内雇用維持的な立場を前提としているものであり、現行制度を見なおし、修正するというレベルではなく、人材流動化促進という新しい視線で、ゼロベースで最善の制度を作るべきだと思う。これらの制度改革により、日本のIT企業がハードウェア事業中心から、ソフトウェア、サービス事業へ移行することが容易になり、そのスピードを早めることが出来るはずである。

(3)のベンチャー企業が育たない風土については、以前からその認識が日本政府関係者にもあり、5−6年前、インターネット・ベンチャーがどんどん生まれた頃、シリコンバレー視察に来る政府関係者は、あとをたたなかった。彼らは基本的に、政府主導でどのような援助をすればよいかという観点から視察していたが、私がいつもそのような方々にお話していたのは、シリコンバレーは政府主導ではなく、むしろ政府が民間に自由にやらせることにより、育ってきたところだということである。つまり、規制緩和が政府によるベンチャー育成の最大の貢献ということである。具体的にどんな規制が障害となっているかについては、ここで議論する余裕はないが、実際に日本でベンチャーを立ち上げている企業にインタビューすれば、いくつも出てくるものであろう。

規制緩和に比べると、優先度は下がるが、次に政府がやるべきこととしては、ベンチャー育成のための金銭的、税制的な支援である。例えば、米国では、有力な研究開発に対しては、マッチング・ファンドという形で、企業(または非営利団体組織)が支出する研究開発費に対し、ある一定割合(同額が基本)の補助金(マッチング・ファンド)を出す制度がある。また、税制面では、小規模企業に対する投資によって得られる投資益に対する税金を、通常のものより低くする制度もある。これによって、ベンチャー企業への投資家からの資金の流入を促進している。さらに、政府によるベンチャー企業からの積極購買も、大きな効果があり、米国では、政府がベンチャー企業からの購入促進を進めている。仮にその金額が大きくなくても、ベンチャー企業にとって、政府に商品を納入しているというのは、極めて大きな信用につながる。それ以外にも、政府からベンチャー企業、またベンチャー企業支援組織向けの補助金等も考えられる。

また、もし可能であれば、ベンチャー企業の倒産に対するセーフティー・ネット的なものができれば理想的であるが、米国でも制度的に何かそのようなものがある訳ではない。日本での問題は、会社が倒産した場合、会社を起した人間が再起するのが大変な点である。これに対し、米国では、一度や二度失敗しても、まだまだ再起の可能性があり、皆そのようにして頑張っている。その背景に何らかの制度の違いがあるのか、単に社会的な環境の問題なのか、深く分析してみないとわからないが、何らかの制度改革によって、多少なりとも起業のリスクが減らせないか、一度検討みる必要はある。

以上は私の日本のIT業界再生のためのラフな提案であり、本当の意味での提案は、より詳細な個別問題に対する分析が必要である。読者の中には、「終身雇用や年功序列は、もう日本でも崩れている」と思われる方もいるかもしれない。しかし、米国に住んでいる人間から見ると、「終身雇用や年功序列制度崩壊に向けての動きがはじまった」とは言えるが、まだまだその入り口に立っているに過ぎないと言っておきたい。

また、「人材流動化などは、小泉内閣がすでに言っていることではないか」と思われる方もいるだろう。この指摘は基本的に正しく、したがって、私は小泉内閣の進めている構造改革に大賛成である。問題は、それに対する抵抗勢力が強く、本当に出来るのか、また、出来るとしても時間がかかり過ぎるのではないか、という大きな心配である。微力ながら、私もこの構造改革の支援をしたいと思っている。

最後に、これらに加え、もし政府が日本の産業全体の強化のためにIT業界を早く立ち直らせるための方策を考えるとすれば、次のようなものを提言したい。これらは、建設業支援のために道路や橋をたくさん作るというやり方と似ているが、大きな違いは、国としてITのレベルアップは国力強化に大きく貢献するという点である。道路や橋の建設も、昔は国力強化につながったが、今は、もう道路等もかなり整備されており、そのような時代ではない。

私の提言する追加IT強化策は、以下である。
イ) 電子政府構築のための大型予算
ロ) 国民へのIT消費補助金
ハ) 学校へのIT補助金(例、学校へのパソコン、ネットワーク接続、先生の教育、社会人ボランティアへの補助)

以上のような方策により、2002年には、日本のIT業界が早く回復し、再び成長軌道に乗ることを祈りたい。

(01-12-1)


メディア通信トップページに戻る