ウェブ・アプリケーションのゲーム化の目的は、ゲーム的なメカニズムを利用し、そのサイトで、ユーザーとのつながり(engagement)を強め、また、ユーザーにやってほしいことをうまく勧める、というものだ。アプリケーションをゲームにしてしまうわけではなく、あくまでもゲーム的な考え方を応用したアプリケーションを構築する、というものだ。
このゲーム化の動きが最近本格化しており、2011年1月には、初めてのGamification Summitが、私の地元サンフランシスコで開催が予定されている。また、ゲーム化によるメリットも、大きなものが報告されている。例えば、ウェブサイトやブログ等の構築を支援するDevHubというサイトでは、これまでウェブサイトやブログ等を構築しようとした人の10%しか完成まで漕ぎつけなかったのが、アプリケーションをゲーム化させることにより、完成させた人が80%まで一気に向上したと述べている。また、あるベンチャーキャピタルによると、投資してもらいたいベンチャー企業で、コンシューマー向けアプリケーションを提供しようという会社の50%は、自社の提案にゲーム化の要素をデザインに取り入れているとの話だ。
ゲーム化は、エンターテイメント性を上げることにも通じ、退屈なことも楽しくやれる、というメリットがある。そのため、Apple社では、作り出す製品や機能に、常にエンターテイメント性を付けることを考えていると言われる。例えば、ファイルのバックアップを取る、というそれ自体は全く面白みのない作業にも、なんらかのエンターテイメント性をもたせ、楽しくやれるように配慮しているとのことだ。つまらない作業が楽しくなるのは、ユーザーにとってもうれしいことであり、いろいろなもののゲーム化は、ユーザーにも大きなメリットがある。
このゲーム化の動きは、特に今はじまったことではない。たとえば、お店で何かを買うと、ポイントがもらえる。そのポイントを貯めると、何かがもらえる、などというのも、消費者向けビジネスにゲーム的要素を取り入れたわかりやすい例だ。私なども、出張の折には、ほとんど同じ航空会社を利用するが、これは、その航空会社のマイレージを貯めると、いろいろな特典があるからだ。あるときなど、年末になって、もうちょっと距離を伸ばせば、次のランクの特典がもらえるということで、少し遠回りまでしたことがある。もちろんこちらとしては、そこまでしても得られる特典が大きいので、そうしたわけだが、まさしくその航空会社の術中にはまってしまっているとも言える。
ウェブ上でも、たとえば、SNSサイトで、あなたのプロファイルは、まだこれだけしか登録されてませんよ、というようなメッセージが来ることがある。時にはprogress barと言われる、今どこまで出来ていて、あとこれくらいですよ、というものが、グラフで示されたりする。そうすると、何となく抜けている部分を埋めなければ、という気になり、それを埋めることになる。これはまさしくSNSサイトがユーザーに取ってほしい行動であり、それにユーザーが従った例だ。日本人は特にこういうことにまじめで素直な傾向が強いので、相手の思惑どおりになってしまう場合が多いのではないだろうか。
このユーザーをある方向に誘導するために使われているのは、心理学だ。たとえば、人はポイントのようなものが貯まってくる、そして何かの特典に近づいてくることにうれしくなり、特典が得られるところまでくると、達成感を感じる。また、人は、何かがやりかけで、ちゃんと終わってませんよ、と言われると、仕事をきちっと終わらせようという心理が働き、それをやってしまう。プロファイルへの項目追加などは、そのいい例だ。さらに、他の人との競争心をうまく使うものもある。たとえば、最近話題のスマートグリッドで、各家庭の電力消費量を比較して見せ、自分がどれだけ省電力に貢献しているかを知らせて競争心をあおり、皆の省電力努力を高めようという話も出ているようだ。
ゲーム化の応用範囲はそれだけに留まらない。教育分野にゲーム性をもたせて、より楽しみながら何かを学ぶということは、すでにいろいろなところで行われている。それ以外でも、社員教育、金融サービス、ヘルスケア、政府のサービス等、あらゆるアプリケーションでのゲーム化が考えられ、実施されてきている。
アプリケーションのゲーム化により、使う側は楽しく使え、特典が得られる場合もあるので、うまく活用すれば、アプリケーションを提供する側にも、使うユーザー側にもメリットのあるwin-winモデルになる場合も多い。そのため、今後もゲーム化は広がっていくだろうし、一人のユーザーとしても、それは歓迎したい。ただ、ゲーム化したアプリケーションを提供する側には、ユーザーをうまくある方向に誘導しようという意図がある場合も多く、いつの間にか、相手の思い通りに動かされている場合もあるので、その点は理解しておく必要がある。あくまでも自分のメリットになるか、本当は出したくない情報を、つい出してしまったりしていないか、そのことだけは、注意して使っていきたい。
(12/01/2010)
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