こちらモスクワは、10月1日に初雪が降って以来、比較的暖かな日が続いていましたが、11月に入るとともに寒波がやってきて、夜は−20度近く、日中も−10度から15度といった日が多くなりました。これは例年に比べても、11月としては寒い部類に入るようです。そして、市場では、柿やみかん(日本のものとほとんど同じ)が多く出回り、緑の野菜などはあまり見かけなくなりました。 こちらの冬が厳しいことは、説明するまでもないことですが、それでもこの冬は、実際の気温にもまして大変かもしれません。ご存知のように、8月17日、通貨「「ーブル」の切り下げが実施され、その後、政局の混乱もあいまって国家経済はほとんどマヒ状態に陥りました。もちろんこれは、ロシア一国に限ったことではなく、この国と経済的、政治的に結びつきの強いウクライナ、ベラルーシなど旧ソ連圏全体に直ちに波及しました。 経済危機の結果、ルーブルの価値は3分の1になり、それに伴い、月給の価値も下がりました。一般労働者家庭の1カ月の生活費(事実上の月給額)は、6月の調査で約292ドルだったのが10月には108ドル、農家では181ドルが64ドル、都市の年金生活者218ドルが87ドルになりました。ただ、これはロシアの話で、その他の旧ソ連邦の国々では遠くこの額にも及びません。実際、私の月給もはじめの2カ月はまともでしたが、今では1、2ヵ月の遅配は恒常化しています。これに対して、輸入品は3倍に値上がり(ドルでは変わらず)、国産品は1.5から2倍程度になりました。ただし、「改革」の結果、競争力のない国内産業はことごとく荒廃し、国産品そのものがほとんどないので輸入品を買わずに生活するのは至難のわざです。野菜などは、据え置きでしたが、冬場になってやはり高くなってきました。(おまけに今年は、異常気象で、未曾有の凶作です。) しかし、これでも首都モスクワはかなり恵まれているのです。極東や北極圏の地方では、夏場、予算不足で燃料や食料が運べずに冬を迎え、暖房も食料もない非常事態の所もあります。また、ウクライナでは、ロシア側への代金未納のため、首都圏以外でガス供給量が3分の1にカットされ、工場の操業がストップしたり病院に入院している子どもが家に帰されるという報道や、電力不足によりさまざまな弊害が起きているという記事も最近出ました。こうした中、12月1日チェルノブイリ原発は点検のため停止します。また、10月28日の新聞「イズベスチヤ」によれば、ウクライナ政府はチェルノブイリ原発を「ガス発電所」に変えることを考えているようです。この他医薬品の不足も深刻化し、ロシアでも薬は病院に持参しなければならなくなりました。 今、台頭しつつあるのが「愛国主義」や大国ソ連に対する郷愁です。次期大統領選の有力候補も、ほとんどが愛国主義、民族主義的立場を程度の差こそあれ、唱えています。 誰もが、自分が生きていくのが精一杯で、社会問題にまで「行動」するゆとりがありません。チェルノブイリも然りです。決して人々が無関心という訳ではありませんが、困難な時代にあって、社会的弱者が大変な疎外感を抱いているのは間違いないでしょう。 このような状況にあって、これからこの国はどうなるのか、大変気がかりでなりません。自由や物はそれなりにあっても、ペレストロイカの時代のように「希望」や「理想」はもはや見当たらず、ただ辛い、どうしたら良いか誰にも言えない「現実」のみがどこまでも広がっています。 (98年11月18日) 追記。11月20日夜、ペレストロイカの時代に登場し、最近もユダヤ人排斥問題や民族問題に積極的に取り組んでいた、「まとも」な数少ない民主派女性議員スタロボイトワさんがペテルブルグで暗殺され、重苦しい空気が流れています。 [編注・モスクワ放送『ロシアの声』(日本語放送)は21:00〜23:00の間、短波放送で聞くことができます。平野さんは「科学と技術」を担当とか。中波でも窓際で可能の時もあるようです] |