チェルノブイリ事故の影響による障害者として国に認定されると証明書の発給とともに、等級に応じて年金が支給されますが、それは月数千円程度のわずかな額です。病気の子どもを持つ家庭の問題をとりあげたウクライナの記事を抜粋でご紹介します。子ども基金が支援している救援団体「チェルノブイリの核の傷跡」の活動にもふれられています。 ――チェルノブイリ原発事故のとき赤ん坊だったり青少年だった者で、甲状腺を摘出して首に「印」をつけられたのは、ウクライナではもう1000人近くになる―― 16歳のカーチャは地下鉄の駅で、無料で乗れるチェルノブイリ証明書を車掌に見せたが、信じてもらえなかった。「民警が証明書を没収しようとしました。娘は渡しませんでした。コートの袖をつかまれて、犯罪者のように車掌室まで連れて行かれて」とカーチャのお母さん。「盗んだ証明書と決めつけられたのです。娘はとてもショックを受けました。電話を受けた私が娘の書類や診断書をぜんぶ持っていき、やっと信じてもらえたのです。地下鉄の運賃は私たち家族にとって、はした金ではありません。母親はたいてい仕事を辞めざるをえなくなります。子どもの病気を知った父親自身が重い病気になってしまった家族もあります。病気の子以外に兄弟がいたら、どうして絶望せずにいられるでしょう」 「チェルノブイリの核の印をつけられた」子どもの親たち共通の不幸、問題、苦しみは、彼らをひとつに結びつけた。国際慈善基金「チェルノブイリ核の傷跡」で中心的な活動をするアンナ・カズロバさんの話。 「私自身も”印をつけられた”子どもの母親です。4年前、息子はフランスで2回目の手術を受け、命を助けられました。だから今度は私が甲状腺ガンになったほかの子どもたちを援助しなければならないと考えています。もっとも被害を受けているのは事故当時5、6歳だった子どもです。私たちの目的は、子どもたちに生涯必要となる医薬品を供給できるようにスポンサーを見つけること、金銭的に困っている家族を援助すること、子どもたちを術後のリハビリ保養に出すことです」 ワーリャを池に連れていって、彼女のかつらを投げ捨てることを考え出したのがクラスの誰だったのかはわからない。甲状腺がんに白血病を併発したこの少女は髪の毛がない。放射線治療でぜんぶ抜け落ちてしまったのだ。ワーリャが学校に通いつづけていることだけでも献身的な行為だ。ヴァーリャのお父さんは勇気をふりしぼって、クラスメートたちに娘の病気のことを話した。 カズロバさんは言う。「病気のことをまわりや子どもに隠すことが正しいかどうか、わかりません。私は話して聞かせるべきだと思います。遅かれ早かれわかってしまいますから。親の留守中に診断書を見てヒステリー発作を起こしてしまった少女もいました。しかし、花嫁に甲状腺腫瘍があることを知って崩壊した家族もあります。夫の両親が離婚を望んだのです。『不幸はひとつだけではやって来ない』ということわざの通りです」 16歳のオーリャのお母さん、ベーラさんはまだ若いのに髪が真っ白だ。 「甲状腺がんの子は怖がられるのです。ときどきクラスメートが電話してきます。でも家には誰も来ません。4年前までオーリャは健康でよく勉強もしました。娘は身体障害者になってしまったのです。私は働いていません。娘を長時間ひとりにしてはおけません。学校にはほとんど通わず自宅で自習し、後で試験を受けます。学校のそばで意識を失って、気がついたら犬が顔をなめていたことがあったそうです。そばには誰もいなかったのです。ひとりで娘を外に出すのがこわい」「オーリャと下の娘と私の3人がオーリャの年金で暮らしています。これさえもらえない人もいますが、これだけで薬やビタミン剤を買い、満足な食事をするのに足りるでしょうか? 事故がなければ、"国のすねをかじる”ことにはならなかったのです。同じような悲しみを背負った親たちは、どれほどの屈辱を受けなければならないのでしょう! 他人は言います、『自分のために特典を受けているのだろう。子どもはもう助けようがないのに、わからないのか?』と。病気になった我が子の目を見たことのない人にはわかりません。でも、わかろうとすることはできるはずです」「読書好きの娘が、最近は本を読むのがあまり楽しくないと言います。たいていの本には恋愛のことが書いてあります。どんなにか誰かに好きになってほしいことでしょう!娘は言いました。『私は結婚できない。子どももできない』。私自身はそのことは考えないようにしています。私の望みは、娘に残された日々を幸せなものにすることだけです。 私たちがどんなにあの子のことを愛しているかを感じてもらいたい。もう苦しませたくないのです」 地下鉄の車内では物乞いが次から次へとやってくる。乳飲み子を抱いた女性は避難民。弟とふたりきりになってしまった少年。娘の葬式があると言う老女。誰の話を信じて誰に恵めばよいのか? やさしい人が小銭を恵む。視線を落としてやりすごす乗客は、自分を責める人もあれば、いらだちをかろうじておさえる人もいる。日に何十回とのびてくる手にお金をのせなかったことで、自分が利己主義でけちで残酷な人間であると自分を責めてしまう。しかし、物乞いの手をのばすことができない人たちもいる。その人たちは、病気の子どもたちの心を傷つけてしまうから、不幸を声高に叫ぶことができないでいるのだ。 心を持っている人は彼らの声を聞くだろう。 |