モスクワ便り

РАДИО МОСКВА
RADIO MOSCOW

 モスクワは2月に入ってだんだんと日も長くなり、何となく季節が動き出したような感じもしますが、まだ真冬。ある日突然、寒波が襲来してマイナス30度近くにまでストンと気温が下がったかと思うと、いきなりプラスに転じたりとなかなか忙しいところです。(室内はプラス20度以上ですから、室内と屋外を行き来するだけでも疲れます。)おかげで通りは凍結してスケートリンクに化したり、融けてシャーベット状になったりと、いずれにしても滑りやすく、うっかりするとすぐに尻餅をつくこととなります。

 ただ、経済危機とはいえ、雪が降ればすぐに路地裏まで除雪車が繰り出し、作業員の人たちが雪かきを始めますし、少なくともここモスクワでは町のシステムはきちんと機能しています。また、寒いさなかでも、夏とかわらず露店が出て必要なものは大抵揃いますし、物価の方も、一頃に比べればそれ程激しく騰がることもなくなりました。書店や劇場といった場所にも満員になるほど人が集まり賑わっています。総じて、(多分)日本の皆さんが思っている程は、目茶苦茶ではないと思います。

 とはいえ、特に確実な収入の道を持たない社会的弱者の生活がきつくなり、社会的不安が高まっているのは事実です。そして、やはり、愛国主義的、さらにはファシズム的性格を帯びた団体の動きが目立ってきました。例えば、「ロシア民族統一」というネオナチ組織の動向が連日マスコミで扱われています。また、共産党を始め左派政党も愛国主義的な立場を一部で強めています。(ここでは左と右はかなりの部分重なっています。)年末の議会選挙、来年の大統領選挙などといったことを考えると、今後もそうした傾向は強まるかもしれません。少なくとも、改革派(西欧派)の出番は当分ないでしょう。

 こうした「大ロシア主義」的雰囲気が強まる中、ロシアと隣国ベラルーシは、「統一国家」の設立を目指し、統一通貨・予算の導入や省庁の統合などに向けて準備をはじめていますが、実際どのようなものになるのか、何とも言えない代物です。今のところ、大半のロシア人にとってはどうでもよいことのようです。ただ、はっきり言えることは、共通の不幸「チェルノブイリの問題に共に取り組もう」という理想のもと「統合」するわけではないということです。そして、統合することで、将来「チェルノブイリ関連予算」が増すとか、共通の対策が講じられる望みも殆どありません。というのも、ここロシアでは「チェルノブイリ」に対する関心は殆ど薄く、一般の圧倒的多数の人にとって文字どおり過去の出来事に過ぎないからです。

 例えば、こちらで私がチェルノブイリに関心があるといったことを言うと、逆に「なぜ?」と問い返されます。なぜというのは、なぜ外国のことを?なぜそんなことをいまさら(他にも問題はあるはず)?という意味の問いです。しかし、こちらの方が「なぜ」と言いたい気分です。ここで説明するまでもなく、チェルノブイリは「今」の出来事ですし、そもそもロシアにとっては、外国の話ではないのです。一般にはあまり知られていませんが、1平方キロあたり1キュリー以上のセシウム137の汚染面積は、ロシア非常事態省の報告(1997)では、5つの州を中心に5万7600平方キロに及び、単純にそれだけでみれば、ロシアは最大の「被災国」になります。にもかかわらず、汚染地や被災者についての何かしらが報道されることはここでは今は全くなく、完全に無視されています。

 このような状況を見ると、一見落ち着いて見える町も本当の姿を見せているのかどうか分からなくなります。表には出ていない、声なき声があるのではないか、そんな気にとらわれます。

2月7日 モスクワ 平野進一郎


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