前回のこの欄には、ロシアの冬はなかなか立ち去らないといったことを書きましたが、あれから3ヵ月あまり。その間に束の間の夏は去り、再び秋がめぐってきました。8月末のいまは、最低気温もすでに一桁、町の木々も所々黄色く色づき始めています。あと1ヵ月後には、いつ初雪が舞っても不思議ではなくなります。そしてまた、長い冬が始まります。 とはいえ、この夏のモスクワは記録的な猛暑に見舞われ、6月初めから7月末までのほぼ2ヵ月、連日夏空が広がって気温も30度以上になりました。(昨年も記録的猛暑だったのですが、今年はそれを上回りました。)そうしたなか、経済危機だと騒ぎつつ、ここモスクワでは、エアコンが飛ぶように売れて、業界は嬉しい悲鳴をあげたとか。どこまで本当かは分かりませんが、クーラーを買う買わないで起きた夫婦喧嘩が、ついには殺人事件に発展したなどというニュースもありました。去年8月の経済危機勃発前の夏も、エアコンは売れ筋商品だったということで、確かに町中を歩くとエアコンの真新しい室外機があちらこちらで目に付きます。もちろん、いくら暑いとはいえ、ここでは必需品でもなんでもなく、値段も日本などと比べて安いということはないのですが、それを買える人がそれだけいるということでしょう。 しかし、これはあくまで、ここモスクワの話で、ロシア全体がそうだと考えるのは早計です。欲望と権力の渦巻く「首都」は、その他残りの「地方」の犠牲の上に繁栄を築いているのです。これは日本のそれよりもさらに露骨なものです。例えば、それは失業率をみてもわかります。最近の統計によると、ロシア全体では、求人1人当りの失業者数は、5.6人。極東チタ州では44.8人、コーカサス・イングーシ共和国では156.8人。対するモスクワは0.6人といいます。つまり賃金とか、条件を問わなければモスクワでは求人数の方が多いのです。実際、「危機」とはいえ、モスクワは今も建設ラッシュが続き、道路などの整備もどんどん続けられています。でも、確かに「ロシア」にはお金がなく、要するにどこかに、しわよせがいっているのです。とりわけ選挙を前にした今、さして「票」と「金」にならない社会的弱者、「敵」の統治する地域がターゲットなのはいうまでもありません。 その一つがまさに「チェルノブイリ被災者」です。政府は8月4日、チェルノブイリ被災者に対する特典を再び大幅に制限する決定を下しました。まず「除染作業員(リクビダートル)」は、特典を受けるために、確かに危険地域で作業にあたったという証拠となる文書を提出しなくてはなりません。しかし、今更そのようなものを用意できる人がごく限られているのは明らかですから、実質的な支援打ち切りです。次にチェルノブイリの放射能により発病し、「障害者」として特典を受けようという人は、それが確かに放射能による障害であることを証拠立てるため、「医事委員会」に出頭し検査を受けなくてはなりません。これも、実質的な「選別」作業に他なりません。こうした決定に反対するため一部では抗議行動も行われているようですが、あまり大きな動きには発展していませんし、そのような「不利な」情報は大きく扱われません。(公務員賃金と年金のベースアップは毎日のように扱われますが…)また、信じられないことですが、ロシア最大の汚染地域、ブリャンスク州では「汚染地」指定の解除とか、被災者補償年金の支給停止といった動きも現実のものとして起きているといいます。 危機とはいえ、財政規模としては、隣りのウクライナやベラルーシよりもずっと恵まれた状態にあるにもかかわらず、なぜ、このようなことになるのか理解に苦しむところです。いや、この短い夏のうちに首相が3人も登場した国なのですから、よく言うように理解しようとしてはならないのかもしれません。しかし、きれいに舗装された道路を歩きながら、今日も思いは複雑です。 【追記】特典を大幅にカットするという決定に関して、政府はその後9月2日、当面実施しないとの意向を示しました。 (編注:『週刊金曜日』7月23日号にてこのコーナーが紹介されました) |