短いロシアの秋は今年も瞬く間に過ぎ去り、モスクワの町も再び白銀の世界に姿を変えました。温度計も一日中0℃に達しない日が続いています。それでも、この時期としては記録的な寒波に見舞われ続けたここ2、3年に比べると、さしあたり「穏やかな冬」を迎えています。例年、冬の入り口にあたる11月から12月にかけてどんよりとした雲が空を覆い、町は1年でも特に重苦しい沈んだ雰囲気に包まれるのですが、今年は天候が比較的穏やかなせいか、そうした雰囲気はあまり感じられませんでした。 さて、そのような中、チェルノブイリ原発事故15周年を迎えた今年2001年も間もなく過ぎ去ろうとしていますが、この12月はそれと並ぶ大きな出来事、「ソ連」という国家が消滅してから10周年の節目にもあたっています。ただ、そのソ連邦崩壊から10年を経て、今再び世界情勢が大きく変わりつつあり、日々の出来事を処理するだけで手いっぱいなためか、この話題は当のロシアでも、今のところさほど大きな話題とはなっていません。 もっとも、多くの市民にとっては毎日の生活の方が重要であって、今あらためて騒ぎ立てるような問題でもない、ということなのかもしれません。ソ連邦の崩壊劇ははっきりと「革命」のようなことが起きて国家が代わったというのとは違い、成り行きにまかせ、ある朝気がついたら密室の話し合いを経て、知らない間に国が消えてしまったということなので、実際のところこの問題をめぐっては何となく釈然としない空気が漂っています。つまり国民の直接関知し得ないところで、ごく限られた人々の間だけで国の命運が決まってしまったので、国民の側にこの問題をめぐっての「当事者意識」が希薄であるということです。 そして、このことは10年後の旧ソ連諸国の現状に少なからぬ影響を与えていると言えます。ロシアを始め「欧州圏」の旧ソ連諸国では、結果が良いか悪いかは別として、この10年間に民主的なプロセスを経て政権交代が実現しています。しかし、それ以外の国々では殆どの国で今もソ連時代のトップがそのまま温存されています。しかも、大半の国々ではその政権の「強権体質」が批判されています。 ただ、こうした現状を生み出した責任の一端は「西側諸国」にもあります。表向きは批判めいたことを口にしておきながら、結局のところ、常にその政権を実質的には支えてきたということです。つまり実際には「利益」という面でその方が得策だからでしょう。それは、例えば、最近まで「人権侵害」が見られるとして、批判されていたにもかかわらず、突如、同じ行為が今度は協力行為として評価され、支援の強化が約束されてしまった事実にも表れています。このような状況を目の当たりにすれば、結局、「人権」というものは、その程度に過ぎないのだ、ということになりかねません。そして、このような目先の利益にとらわれた一部の国々の行いが、まわりまわってどのような結果を生むのかは、ここ最近の世界の動きを見るだけでも明らかではないでしょうか。 ソ連崩壊から10年を経て、ロシアを始め旧ソ連諸国は、当初の混乱状態からそれぞれの形で抜け出し、表面的にはそれなりの「安定」を見せはじめています。それと同時に、ソ連時代以来国民の合意が形成されていないとして棚上げにされていた問題が、国民のさしたる同意もなく、あるいは反対を押しきって、「改革」の名のもとになし崩し的に再び動かされていることは気にかかります。 それは原子力関係についてもあてはまり、例えば今年、外国で出た放射性廃棄物をロシア国内に持ち込んで処理、保管することを認めた法律が突如として成立したことは記憶に新しいところです。また、この11月の末にはエネルギー効率の優れた経済システムを築くことを目的とした、ロシア連邦政府特別プログラムが承認されましたが、それによれば、ロシアの原子力発電量は2005年までに1740億キロワット時、さらに2010年までに2120億キロワット時に一挙に増やされることになっています。ロシアは世界有数の石油輸出国ですが、火力発電よりもコストが安いとして原子力発電の依存度をさらに高めることにしているのです。これに伴い、ソ連時代から凍結されていた各地の原発の工事が完成に向け急がれています。 これは、「国益」という面から見れば、「正しい」決定なのかもしれません。とはいえ、チェルノブイリの事故でも明らかなように、ひとたび事故が起こればその規模は一国の範疇を遠く超えます。したがって少なくともこの問題については、本来、諸外国からももっと厳しい意見があってしかるべきでしょう。しかし、それをなしうる国々が、別のところでは自己本位に利益を追求しているのですから、何か意見をはさんだところで、あまり説得力は期待できそうにありません。 一方で、1年前のチェルノブイリ原発の閉鎖に対する見返りとして、ウクライナ政府に当初約束されていた西側諸国による代替原発の建設費の支援は、未だ話し合いがついていません。そのようなものは作られないで済むものであれば、その方が良いのは当然です。しかし出来ないのであれば、その場しのぎに何故そのような約束をしてしまったのか、その責任は重大だと言わざるを得ません。 一部の国々の自分勝手とも言える決定や行動による、こうした矛盾に満ちた状況をきちんとたださない限り、いずれ「ソ連」と同じように、世界そのものが破綻し、あっけなく崩壊しかねないと危惧します。 (モスクワ 平野進一郎) モスクワ放送で働く平野さんの声はラジオの他、インターネットでも聞くことができます。 |