ここモスクワにも、再び夏の季節がめぐってきました。午後9時を過ぎてようやく沈んだ太陽も、朝3時を過ぎると再び段々と空を明るく染め始めます。盛んに飛び交うポプラの綿毛は、ちょっと曲者ですが、通りの裏手を歩けば、あちらこちからライラックの花が香ってきます。 前回の「便り」から、3カ月が過ぎましたが、この間にチェルノブイリ関係では、4月26日の「16周年」という重要なニュースがありました。日本では今年、この4月26日をはさんで「チェルノブイリ」がニュースとして扱われることは、結局、皆無に等しい状態で終わってしまったようですが、ロシアのマスコミの扱いは、興味深いものとなりました。 今年の4月26日付のロシアの新聞は、「チェルノブイリ」に触れたものと、全く触れなかったものに大きく2分されました。触れたものは、紙面を大きく割いて特集のような形で扱ったのに対し、扱わなかった新聞は、完全に「無視」に近い格好です。この場合、いわゆる「リベラル派」に属するといわれる新聞でも、「無視派」に入ったものが多いことは注目される点です。また、「15年」のような大きな節目は別として、「13年」「14年」の際も比較的大きく扱っていた新聞が、「16年」では扱わなかった例があるのも特徴的だと言えます。ここには、恐らく「原子力業界」に対する、そのマスコミ機関の立場が反映されているものと考えられます。 つまり、以前に比べてロシアにおける「原子力ロビー」の力が増してきているということです。(ちなみに、テレビは3大全国ネット、それぞれがニュース番組で「16周年」を扱いましたが、どちらかといえば、政府の見解を示すという感じに留まりました。ただNTVは、今年もロシア最大の被災地、ブリャンスク州からのレポートを特集で流しました。) 次にいくつか、主な内容を紹介しておきます。 新聞「トゥルード(労働)」は、S.プロコプチューク記者のプリピャチ市からのレポートを1面トップで掲載し、元プリピャチ市民のV.ベルビツキーさんの話として、市民はメーデーでキエフに派遣されるのだろうという位の軽い気持ちで避難したこと、はじめ農村部に分散して避難させられ、その後ザポロジエ原発職員の町エネルゴダルに送られたが、そこで男性は丸刈りにされたこと、そして当時のお金で1人当たり100ルーブルの支援を受けたことを紹介しています。また、この記事によると、当時プリピャチでは4軒に1軒の家が自家用車を持っていたといいます(これは、この町が特別な町だったことを意味します)。さらに、「30キロ圏」には、合計で最大200万トンの放射能に汚染された「金属廃材」があり、これを保管する臨時処分場が800カ所以上あるとも記されています。 新聞「ロシア」は、2面にわたる特集記事を組みました。「ゾーン」からのレポートでM.ホミャコヴァ記者が、「チェルノブイリインテリンフォルム」のN.ドミトルク氏の話しとして伝えるところでは、チェルノブイリ地区には、現在も2千人が仕事のため居住しており、そのうち1千人が、警察・消防関係者、380人がウクライナ科学アカデミー関係者、さらに150人が、保健省関係者が占め、この他、4千人が、旧発電所の施設保全のため交替制で勤務し、さらに自発的に戻ってきて暮らしている住民が多数いるといいます。 また、「クルチャトフ研究所」のA.ボロヴォイ研究員は、インタビューの中で、1988年の石棺の補修の際に3千人が動員され、その際の許容被曝線量が15レントゲンであったこと、そしてその作業の支出が2千万ドルに達したとの見方を示しています。 さらに、同研究員の試算では、崩壊が懸念される「石棺」内には、依然として核燃料全体の95%以上、180トンが残されており、そのうち150トンについては確認できるが、30トンが不明のままであるといいます。その他、オブニンスクのロシア医学アカデミー放射線医学研究センターを母体に作られたロシア国家医学放射線量管理局の統計によると、この16年間で死亡した「除染作業員」は1万5千500人で、これは、現在のロシアの平均死亡率を上回るものではなく、むしろ下回っているが、86年から87年に「ゾーン」で活動した作業員の障害発生率は、最大40%と、平均を大きく上回っているといいます。また、同管理局では、今後2010年までにロシアのブリャンスク州で、500例の甲状腺ガンの患者が発生し、そのうち200例が被曝の直接的影響によるものとなるとの予測もまとめています。 新聞「ブレーミャ・ノヴォスチェイ」は、第6面の全面を特集記事にあて、特に被災者支援の問題をテーマに扱っています。この中で、ロシア「チェルノブイリ同盟」のV.グリシン総裁は、政府は昨年、「チェルノブイリ原発事故で被災者した市民に対する社会保障に関するロシア連邦法」に修正を加えて、被災者への支援を縮小したが、さらに今、新たな修正を加え、従来の「汚染度」によるのではなく、「被曝線量」によって被災者をランク付けする法案が下院に提出されていると指摘しています。また、それによると、その変更によって「汚染地域」に暮らしている170万人の住民のうち、保証対象となるのは15万人にまで減るということです。ちなみに、前述の法律ではチェルノブイリによる「障害者」のうち第1類の人には月額5千ルーブルが、第2類の人には2千500ルーブル、第3類の人には1千ルーブルが支給されることになっている他、各種手当てと合わせた受け取り上限額が1万ルーブルに定められています。(1$は、約31ルーブル。私の現在の月給は、約4千ルーブル。) 一方、被災者支援の縮小に対する批判に答えて、ロシア労働社会発展省非常事態被災者社会支援局のN.ティモシェンコフ局長は、全「障害者」に占める、「チェルノブイリの障害者」の占める割合は、2.2%であるものの、26億ルーブルが国家予算から捻出されていると指摘し、政府の対応は、被災者支援の公平化をはかるための正当なものであると強調しています。また、公式統計では、ロシアの「チェルノブイリの障害者」は、4万5千人だと明らかにされています。 おしまいに新聞「イズベスチヤ」は、科学特集の付録1面で、A.ルミャンツェフ原子力相へのインタビューと環境保護派の意見を載せています。この中でルミャンツェフ原子力相は、チェルノブイリの事故原因について「チェルノブイリ型原子炉は、プルトニウムの生産の面で、それまで10年以上にわたって素晴らしい働きを世界的に見せていた。しかし、この炉には、温度が上昇すると反応が加速するという性質があり、それを防ぐために、技術面での鉄則が必要だった。ところが、チェルノブイリではそれが忘れられていた」と述べて、現場の人的ミスによる事故との立場を示しています。 しかし同時に、ロシアがイラン、中国、インドに輸出している原発は、構造的にも安全なVVER型(加圧水型軽水炉)であること、さらにいずれの原発でも、旅客機が突っ込むような事故に対応していないが、もたらす危険は化学コンビナートの方が大きいことなども強調しています(ちなみに現在原発が建設中されているボルゴドンスクは「チェチェン」にも近く、99年には大規模な住宅爆破テロがありました)。 また、大臣は、クールスク原発5号炉は「チェルノブイリ型」で計画されているが、改良が加えられているので安全だとも語っています。ルミャンツェフ原子力相は、86年に当時のソ連政府がIAEAに提出した事故報告書の作成者の1人ですが、この報告書が真実を語っていなかったことは、よく知られている通りです。 (モスクワ 平野進一郎) モスクワ放送で働く平野さんの声はラジオの他、インターネットでも聞くことができます。 |