農と言える日本・通信 No.57  2002-02-11      高野 孟



●阿蘇・産山村「さわやかビーフ」を食べよう!

 熊本県産山(うぶやま)村の「さわやかビーフ生産組合」が阿蘇の草原で育てた「あか牛」と呼ばれる和牛の肉を産直販売で取り寄せたところ、まことにおいしいので、肉骨粉騒動でつい牛肉を敬遠しがちなこの頃、こうやって頑張って本物の牛肉を作っている畜産農家もあることを知ってほしいと思い、食にうるさい(それだけに牛肉に飢えていそうな)知人の何人かに贈るとともに、i-NSDER誌上でも紹介したところ、これが大好評で、さっそく直に注文して頂いた方が何人もいます。そこで、この牛肉について同生産組合のリーダーである井信行さんから届いた資料を元に詳しく説明しておきます。

《さわやかビーフが安全安心な5つの理由》

(1)太陽の光をたくさん浴びた草原の草を食べて育った阿蘇の草原牛だから安全。
(2)骨粉などの飼料は一切使用していないので安心。
(3)牛のお世話をした人の顔が見えるから安心。
(4)宅配もできるので必要なときに必要な分だけお届けできるからいつも新鮮。
(5)産山村は名水(池山水源=日本の名水百選)の里。

《草で作る牛肉:全期間粗飼料多給肥育の取り組み》

 私たちは、当地域の特産である赤牛と草資源を活用した健全な牛肉生産を行うために、1980年度から地域内一貫生産体制による肥育事業に取り組んでいます。

(1)全期間粗飼料多給肥育方式とは
 昭和50年代に九州沖縄農業研究センターおよび熊本県農業研究センター畜産研究所で開発・実証された前期粗飼料肥育技術をもとに、肥育の全段階で粗飼料(牧草)を多給する技術です。
 前期粗飼料多給技術は、牛は成長前期に牧草などの或る程度栄養水準の低い飼料を給与しても、成長後期に通常の栄養水準に戻すと、正常な発育が達成される「代償性成長」という性質を利用したものです。
 当牧野組合では、この技術をさらに進め、全期間を通じ粗飼料を中心に給与し一定の発育を確保したものです。この技術に取り組むことができた背景としては、当牧野組合が栄養価の高い良質な牧草を安定的に確保できたことにあります。

(2)肥育技術の内容
 肥育期間および出荷体重:17カ月間、720L
 肥育開始月齢および体重:約8カ月齢、200L
 1日あたり増体重   :0.9L
 肥育期間中飼料給与量 :粗飼料  約5000L
             配合飼料 約2800L

(3)年間出荷頭数      :約60頭

《熊本日々新聞「産山村・山小屋の風景」連載》

 地元の『熊本日々新聞』の「自ら治める/地域からの報告」シリーズで、01年4月13日付から7回にわたり、井信行さんの活動が取り上げられました。要点は次の通り。

◆井さんの山小屋
 スケールの大きな春の野焼きに始まり、一面のススキが深い雪に包まれる冬で、阿蘇郡産山村の1年は終わる。人口約1800人の小さな農村。「私はただの百姓」と言って笑みを絶やさない井信行さん(65)のふるさとだ。田舎の再生、都市との交流を訴えて駆け回る彼の活動は、世代や性別、肩書を超え、周囲の人々を巻き込みながら大きなうねりになり始めている。

 畜産、米作りのかたわら村議を務め、小さなレストランの出資者にも名を連ねる“超多忙”な毎日の中で、井さんは「やまなみハイウェー」沿いの観光レストランだった建物を改築して山小屋を完成させた。「草原ふれあいの家」という看板を掲げたその小屋に、真っ先に産山北部小の児童12人を招待した。子供たちは野焼きの際に防火帯となる輪地切りをした後、風呂を焚く薪を自分たちで割り、初めての五右衛門風呂を体験した。都市住民に田舎のよさを知ってもらい、産山の人には都会に出なくても豊かさを味わえる村づくり。ここで英語教室、陶芸教室を開いたり、子供たちが絵を描いたりインターネットをしたりする場にしたいと井さんの夢は広がる。

◆さわやかビーフ
 井さんは、これまで手掛けた事業を指折り数え始めた。焼酎や酒造り、あか牛料理をメインにした「名水苑」と「草原の家」の2つのレストラン、あか牛の生産から販売まで一貫して行う「うぶやまさわやかビーフ」。

 さわやかビーフは「生産は農家、加工は加工業者、販売は小売店」という畜産業界の常識を覆す試みだった。流通段階のマージンがない分だけ安く、自分で作った肉だから売る時も自信がある。出荷する肉には生産者の連絡先も記した。

 牛を1頭つぶせば精肉にして約300キロ。消費者はすべての肉を平均的に買わないから、不人気な部位の肉は余る。その部分の商品価値を高めれば、あか牛農家の収入はもっと増えるはずだということで、肉質が硬く比較的料理が難しいとされるすね肉や首肉を使った料理を「名水苑」で出している。次々に新メニュー考案するシェフは、以前は熊本市内でレストランを経営していた林田雅光さん(53)。井さんたちが立ち上げたさわやかビーフに肉のカットの仕方を教えに行ったのがきっかけで、井さんから口説かれて00年11月、名水苑に来た。

 あか牛に対する熱意に目を付けた東京の出版社が2人を訪れ、その活動を女性コミック誌の料理をテーマにした漫画で紹介した[後述]。牛肉を食べられない子どもが、霜降りの肉でなく、草原で放牧され牧草で育った健康なあか牛の料理を食べて感激するという筋書きだ。2人は実名で登場する。……

《澤田もり「萌のレストラン」に登場》

 女性コミック誌の誌名が分からないが、横溝邦彦原作・澤田もり作画の漫画「萌のレストラン」に井さんと林田さんが実名で登場する。

 朝比奈萌がシェフを務める「萌のレストラン」に、萌の姉=香織とその子=一也が訪ねてくる。たまたま霜降り肉の売り込みに来ていた百貨店の営業=轟木が「私が最高の牛肉ステーキをご馳走しますよ」と言って振る舞うが、一也は「臭い」と言ってペッと吐き出してしまう。それで萌の案内で一同揃って阿蘇に井さんと林田さんを訪ねることに……。

一也「うわー、牛さんがいっぱいいる!」
轟木「これが赤牛か。たしかに赤毛で、和牛やホルスタインとは違うけど、肉にそんな違いがあるとは思えないな」
萌 「ここの赤牛は、日本でもわずかに放牧で育てられている牛なのよ」
轟木「わずかにって、牛の放牧はどこでも当たり前にやってることじゃないか」
井 「それは子牛の時だけなんですよ」
萌 「この方がいつもうちに健康なお肉を送ってくださってる井信行さんよ」
井 「みんな乳牛が放し飼いにされてんの見て、そう思い込んでいるけど、育のほとんどは牛舎の狭い中で配合飼料を食べさせているんだよ」
轟木「そ、そうなんですか」
井 「ここがうちの牛舎だ」
一也「お母さん、この牛さん臭くないよ」
香織「あらほんと。牛舎も臭くないわ。なんだか干し草の香ばしいにおいがする」
萌 「それは産山村の赤牛が牧草しか食べないからよ」
轟木「えっ、それじゃ霜降りにならないよ。霜降りってのは、高級な配合飼料を与えて脂肪分を豊富に蓄えさせなきゃ」
萌 「運動も極力控えさせてね。でもそれって、もし人間がやったらどうなると思う? そう、だから産山村の牛は健康そのものなのよ」
轟木「たしかに健康な牛のほうが自然で安全なのはわかる。けど、うまさでいたら霜降りにかなう肉はありませんよ」
萌 「とにかく食べてみましょう。ここのシェフの林田さんにも懇意にして頂いているのよ。さー、一也くん、食べてみて」
一也「モグモグ……あれ、臭くないや。ゴックン……おいしい!」
香織「あらあら、一也が初めて牛肉を食べたわ」
萌 「霜降りに育てるにはホルモン剤や抗生物質を大量に使うのよ。一也くんの味覚はとても敏感で、配合飼料や薬を投与した肉の臭いが嫌なのだろうって思ったの。やっぱりそうだったみたいね」
林田「放牧を続ける赤牛には薬も使わないから薬の臭いもしないんですよ。口の中で肉のいい味が広がっておいしいんです」
萌 「牛肉のお茶漬けもけこういけるのよ」
林田「すじ肉をローリエを入れただけで丸一日煮込んであっさり仕上げたものです」
轟木「まさか霜降りのほかにこんなうまい肉があったなんて、認識不足だったな」
萌 「私はこのお肉が霜降りよりおいしいって言うつもりはないの。好みの問題ですものね。でも、うちは安全でリーズナブルなお料理をお出ししたいと思っているから、この赤牛を使わせて頂いているのよ」

 私も昨年3月、改築途上の井さんの山小屋に泊めて頂いたときに、このすじ肉のお茶漬けをごちそうになり感動しました。ここでは、霜降り肉に気をつかって遠慮がちに書いていますが、配合飼料と薬品で汚染された牛は、内臓がボロボロで使い物にならないので、ただ捨てるだけ。レストランなどで使う内臓やレバーペーストを作るレバーは米国などから冷凍で輸入されるものがほとんどですが、その安全性にも不安が残ります。だから本当に安全で新鮮な内臓料理やレバーペーストを作りたかったら、井さんのような自然放牧の牛のそれを冷蔵で手に入れるのが一番ということになります。

 井さんからのお便りにこうありました。「今度のBSE問題は、日本の肉牛、牛肉界を大きく揺るがせています。なりふりかまわずサシ一辺倒の肉牛生産を追求してきたことに問題があったのではないでしょうか。その点、今まで私たちがやってきたことは間違っていなかったと自信を深めているところです。流通においても消費者に注目され、少しずつですが販売が拡大しています。今が私たちの出番です。チャンスです。草資源を最大限に活用し、消費者が安心できる肉牛生産に努力していきたいと思います」

 こういう思いで肉牛を育てている農家があることを知れば、雪印食品が輸入肉に和牛のラベルを貼って消費者に高く売りつけていたことがいかに醜悪な犯罪であるか、改めて煮えくりかえるような怒りが湧いてきます。阿蘇の牛肉をどんどん食べれば、あか牛の頭数がまた増勢に転じて、その結果、大草原の野焼き1000年の伝統も生きながらえることになります。牛だけで足りなければ馬を飼って、草原乗馬のメッカにしようというのが、昨年私たちが井さんに提案したことで(それについては本通信No.51参照)、その相談にまた産山村を訪ねなければと思っています。みなさんも、熊本・阿蘇方面にお出かけの際は、是非井さんの山小屋やレストラン「名水苑」にお立ち寄り下さい。そして何よりも、お肉を取り寄せて賞味して、こういう肉があることを大いに広めて、井さんたちを励まそうではないですか。▲

【連絡先】
さわやかビーフ生産組合(代表=渡邊裕文)
熊本県阿蘇郡産山村大字山鹿2107-1
電話=0967-25-2958