農と言える日本・通信 No.62  2002-10-20      高野 孟


子どものからだがおかしい!

──その3=人間らしい歩き方

 前号について、ジャーナリスト仲間でありラグビー仲間でもあるNさんからお便り。「うーむ、田圃、馬、子供の健康ときて、ついに足裏にまで至ったか! じつは小生の習う(といっても最近、さぼりっぱなしですが)西野流呼吸法では足の裏を意識した“足芯呼吸”がメソッドの基本です。中医学では“足心”と呼びますね。足の裏から水を吸い上げるように息をゆっくりと吸う。もちろん、足の裏で息はできませんが、足芯で息を吸う感覚を稽古することで全身に“気”=エネルギーを満ちあふれさせ、巡らせる。あるビジネスマンは、講演をする際、あがらないように壇上までの間、足の裏でカーペットを眺めているような感覚を持つことで落ち着くことができると言ってます。また、足の裏は第2の心臓であるという学者もいます。歩くことで脈動のような働きをするというのです。そうしたら、咀嚼もまた脳に血液を行き渡らせる循環ポンプであると語る歯科医がいます。歩く、食べるという基本的な人間の営みが運動、栄養の面だけでなく、生命を維持することの基本に関わっているというのが面白いですね。コチラは30年前、組合を結成してイジメた上司のスリッパから移ったミズムシを、最後の最後でいつも退治できません。なさけない足の裏です。ご健闘を期待します」

 ミズムシはねえ。銭湯のマットや旅館のスリッパでも簡単にうつるらしいですから油断できません。私も10年ほど前に拇趾の爪まで侵されて白く変色するミズムシに襲われ、1年間戦って克服しましたが、患部が治ったと思っても、足の裏の角質化した皮膚の下や爪の中に潜んでいて(爪も角質の進化したもので、白癬菌は角質の主成分であるケラチンという蛋白質を酵素で溶かして栄養にしているので爪をも浸食する)、また出てくるという場合が多いようで、やはり毎日清潔を心がけ、風呂上がりには薬を患部だけでなく足全体に塗った上でオイルやクリームなどを施してマッサージし、週に1度は軽石や金属のヤスリなど角質落とし(東急ハンズに行くといろいろ売っています)でケアして菌の隠れ場所をなくして、手の平と同じようなすべすべ状態を保つことが肝要でしょう。柔らかい足の裏は、ミズムシやタコ・ウオノメの予防と退治のためだけでなく、下記のように上手に歩いたり走ったりゴルフのスイングをしたりするためにも大事な条件ですが、そのことに気が付かずに、趾まわり、趾の付け根、踵などの角質化に無関心なままの人が意外と多いようです。

 西野流呼吸法というのは、西野バレエ団を主宰することでも知られる西野皓三さんが創始した一種の丹田呼吸健康法で、芸能人や財界人などにもファンがたくさんいます。「足芯呼吸とは、足の裏(足芯)から息を吸い、エネルギーを全身に巡らせたあと、再び足の裏から息を吐くという呼吸法です。実際には鼻から吸っているわけですが、足の裏を意識して息を吸い始め、足を通って上に吸い上げるイメージで呼吸すると、足芯から膝、腿を通って丹田(下腹)へ“気”つまり生命エネルギーが上がってくるのが感じられるようになります。それはまるで大きな樹木が大地から養分を吸い上げているのに似ているといえます。続いて丹田まできたエネルギーを身体のうしろに回し(背中を意識する)、背骨に沿ってどんどん上げていきます。背骨を上ったエネルギーはやがて百会(ひゃくえ)に達します。百会とは頭のてっぺんで、ここで軽く息を止め、そのままの状態で、エネルギーを今度は鼻筋、口、喉、胸と身体の前面の中心線を通して、丹田まで一気に下ろします。そして最後は口から息を吐きながら、エネルギーを足芯から大地へ向けて広げていくのです」(西野皓三『生きる力は“呼吸”で決まる』(実業之日本社、2001年)。

 それから、前号の「ツボ」と「反射区」について、東洋医学に詳しいSさんから指摘があったので、少し補足します。東洋医学では、生命活動を司る生体エネルギーを“気”あるいは“気血”と呼び、その気が流れる線路が“経絡”で体内に12本走っており、その経絡の上に全身365カ所の“経穴”すなわちツボが配置されていて、そのそれぞれが五臓六腑と繋がり合っていると考えるわけです。反射区も基本的には同じですが、ツボは狭い1点を探り当てて鍼灸などでそこから直接に五臓六腑に働きかけるので、専門的なな修練を必要とするのに対して、反射区はそのツボを含む周辺を一定の広さの面として捉えて、そこを揉むことで血行をよくして“しこり”(そこと繋がっている体内のどこかの故障によって乳酸や尿酸が溜まって結晶を作ること)を分解するとともに、結果的にその反射区内にあるツボも刺激して臓腑に働きかけることにもなるという、ツボの厳密さと比べるとだいぶおおらかな捉え方をするので、素人でも入りやすいという違いがあります。このへんをもう少し詳しく知りたい方は、さしあたり鈴木裕一郎『症例別・足もみ療法』(日東書院、2001年)をお読み下さい。鈴木さんは、靴メーカーの家に生まれてドイツに修業留学、シューマイスターの国家資格を取得した靴屋さんですが、よい靴を探求する余り、前号で登場した“足の裏博士”=平澤彌一郎さんに弟子入りして足の研究に向かい、とうとう上海の中医学院で観趾法(足裏健康法)を学んでその専門家になってしまったという面白い人です。

●足の趾で地面を掴む感覚

 さて、前々号でも引用した斎藤孝『自然体のつくり方』は足の裏についてこう言っています。

「自然体において足の裏は重要である。足の拇趾と人差し趾の股から踵にかけて線を引いたとすると、その部分の足裏の感覚がとりわけ重要だ。足を“踏んばる”ときには、足裏の拇趾の根本の盛り上がっている部分に力がこもる。バスケットや卓球、テニスなど、反復横跳びのような動きを素早くすることが求められる運動を行っていると、ここの部分が鍛えられる」

「踏んばる練習をくり返していると、土踏まずの部分も鍛えられる。正木健雄によれば、現代の子どもたちは土踏まずがうまくできにくくなっており、とりわけ1980年代に土踏まずの形成率が低くなったということである。80年代に、ある小学校で2年生の土踏まずを調査したところ、とくに男子の形成率が40%とひじょうに低く、3歳くらいにあたる形成状況であった。その原因は、男の子の生活がアクティブでなくなり、運動量が少なくなっていることにあるという。外でたっぷりと動き運動することによって、土踏まずはでき上がってくる」

「土踏まずは、運動にとって重要な場所である。イチローの父は毎日、イチローと野球の練習をしていたが、夜に息子の足の裏をマッサージするのが習慣となっていた。……足の裏は、様々な感覚が集約的に集まっている場所なので、そこをマッサージしてもらうとからだ全体がリラックスし、活力がよみがえる。足の裏にはいわゆるツボが多いので、少々マッサージが下手でも、相手を気持ちよくすることができやすい。なかでも土踏まずの付近は、運動するときによく使う場所なので、マッサージすると効く」

 なるほど、息子をイチローにしようと思ったら、足裏マッサージですよ、お父さん。親子の身体的コミュニケーションの手段としても絶好でしょう。ツボの話は深入りするとどこまでも行ってしまいそうなので、余り触れたくないんですが、斎藤孝は「1つだけ“湧泉”のツボをとり上げたい」と言っている。湧泉とは、第2趾から足裏の中央に向かって下りてきてへこんだあたりで、腎の反射区です。「ここをうまく押さえると、全身に響きが伝わる。……ようするに、足の裏の芯の位置をはっきりさせるのがねらいだ。足の裏の芯の感覚ができてくると、立っていてもそこの感触が生きてくるようになる。押してもらったときの心地よい感覚が残っていることによって、立っているときに、その足の中心をとおして大地との気の流れが行われる気がしてくる」。西野流で言う足芯というのは、漠然と足の裏というのでなく、この湧泉のツボの意識化ということなのかもしれません。さて、だんだん「歩き方」という話に近づかなければなりませんが、斎藤孝はさらにこう言っています。

「自然体は、足の趾で地面をつかむ感覚を必要としている。大地に根ざす安定感が増し、しかも前後左右に素早く動くときの踏んばりがきくからである」。ところが現代では、靴を履くために足の趾の感覚自体が衰退してきている。かつては裸足になる機会が多く、地面や床を足趾で捉える訓練が日常の中でなされたし、また履き物を履いたとしても鼻緒がついた下駄や草履だったので、拇趾とそれ以外を別に動かし、拇趾と第2趾のあいだで挟み込んで掴む力も鍛えられた。「足趾の感覚を鋭敏にし、力強くさせるためには、まず、裸足になって足の趾を広げて立つ練習をするのが効果的だ。5本の趾をまとまったものとしてではなく、1本1本をバラバラに意識できるようにすることが、まず必要である」。そして、その足の趾が「腰肚と直接、感覚的につながっているように意識する」ことで「自分の身体が1つのまとまりのある全体として感じられやすくなる」ことが、じょうずに立ったり歩いたりすることの前提となるのです。

●「歩く」とはどういうことか

 歩くというのは余りにも当たり前のことで、今さら「どう歩くか」と言われても困ってしまうのですが、うまく歩けない子どもが増えているというのですから、そのことを改めて考えてみなくてはなりません。

 まずフットケアの須山淳子さんの定義。「歩くという動作は、身体をひとつの点から別の点に移動させる作業です」。それはその通り。「左右の足がそれぞれに、着地、体重の支持、蹴り、次の着地の準備、の一連の動きを繰り返すことによって行われます。しかし、ただ左右の足が漠然と交互に前へ出されているだけではありません。歩くという動作をできるだけ効率的に、エネルギーの消費を最小限に抑えるためには、重心をまっすぐ水平に保ち、歩くたびに身体がブレないようにしなければなりません。歩きながら上下の動きがなるべく少なくなるよう、肩、腕、骨盤、筋肉などが一緒に総動員され、無意識のうちに歩行のバランスを保っているのです」。そうなんですが、無意識ではうまく歩けないから、歩くことを意識化しなければならないというのがテーマなのですね。

「足の方はというと、着地してから体重はまず足の外側の方に進み、足の前の方まで体重がかかってくると、今度は内側の拇趾の方へ体重が移り、最後は拇趾で蹴るという動きになっています。これは足にある縦の2本のアーチが、内側(土踏まず側)より外側の方が高さが低いために、着地したとき外側の方が先に地面についてしまうことと、足そのものが体重移動をしながら自然に内側、外側へわずかにひねられているためです。そしてもうひとつ、着地したときには足関節(足首)が曲がって爪先が上がり、蹴りのときには足関節は伸ばされて、足の後ろから前への動きをスムーズに、また推進力をつけています。この足首の前後の動きと、横へのひねりの動きが一緒に行われることによって、滑らかで無理のない、エネルギー消費の少ない歩行が可能になるのです」。そのように歩くと、体重は踵の真ん中から最初は外側近くを通って、やがて足の裏の中央の“湧泉”あたりを斜めに横切って、拇趾の付け根から最後は拇趾へと、左足の場合で言えばゆるやかなS字を描いて移動します。その移動を感じ取れるようにすることが大事です。

 次に前出の靴屋さんの鈴木裕一郎さんの定義。「着地、体重の支え、蹴り上げ、準備という4つのプロセスの繰り返し」というところは須山さんと同じですが、説明に土踏まずのアーチの役割を強調するところがちょっと違います。「股関節から下の部分が前に振り出されます。そして振り出された足は踵の部分から地面に接していきます。……踵から接地した足は、次の段階で土踏まずの外側から着地します。そのとき、足に備わっているアーチのバネが、少しずつバランスをとりながら、全身の体重を足全体に運んでいく作用をします。足には部分的に、体重の3倍から4倍の力がかかります。足裏という限られた面積のなかで全身の重みが無理なく支えられるように、衝撃を抑える仕組みができているわけです」

「土踏まずの外側から、趾の付け根のふくらみ(ボール)にかけて体重を移し終えると、……趾は縦横に広がって体重を支え、体がふらつかないよう踏んばります。ここまでの一連の動きを“ローリング”といいます。……前方に体重が移ると足全体が前に傾き、距腿関節(足首)が曲がります。ボールの部分から曲がり、踵が浮き上がると土踏まずのアーチのバネが働き、後方に蹴る力が生じます。そしてこの足は空中で次回の着地のための準備に入るのです」

 足の裏のアーチは、体重を支えつつスムーズに前に送るためにも、後方に蹴って推進力を生じさせるためにも、バネとして働いていて、滑らかな歩行を実現する上で決定的とも言える役目を果たしているわけで、だからアーチのない足ではうまく歩けない道理なのです。

●歩き方の練習方法

 ではどうやって正しい、ということは無理も無駄もなく合理的で美しい歩き方を身につけるのか。スキージャーナル出版編集部編(協力=日本歩け歩け協会)『決定版/ウォーキング・マニュアル』(スキージャーナル、1998年)を見てみましょう。

(1)癖=歪みのない姿勢
 長い間の生活習慣で知らずに身体に染みついた癖=歪みをそのままにして歩いても、疲れたり痛みが生じたりする。両手の平を内側に向けて頭上に上げ、身体全体を上に引き上げてよく伸ばし、そのまま両手と踵を下ろしてみる。首筋と背筋が伸び、胸も張り、腹も引き締まっている。この姿勢を保って歩く。目線は正面に向け、景色を眺めて楽しむような高さを保つ。

(2)膝を伸ばす
 前足を振り出したときに膝をよく伸ばし、伸びきったときに踵からすっと着地する。膝が曲がったままだと歩幅が狭くなり、足の裏全体で着地するのでペタペタ歩きになる。後足も膝の後ろが伸びきるようにし、最後に5本の趾をしっかり広げて踏んばって拇趾で蹴りながら踏み込むと、その反発力が腰に戻り、腰がグンッと前方に押し出されるので、股関節が広がり歩幅がさらに大きくなって、姿勢も美しくなる。

(3)足の裏を転がすように重心移動
 前足の踵が着地したら、脛の筋肉を用いて滑らかに転がすように拇趾に向かって体重を移動する。踵から外側アーチ、足芯、付け根と重心が動いていくのを意識で追いかけるようにし、最後に5本趾で地面を掴むようにながら拇趾で蹴る。

(4)歩幅は身長の1/3から1/2
 歩幅の目途は、ふだんの歩きで身長の3分の1、スピードの乗った歩きで2分の1。身長170センチの人だと57〜85センチ。外長28センチの靴を履いていると、前足の踵と後足の爪先の間に靴1足分が入る歩幅だと踵から踵まで56センチ、2足分が入ると84センチということになる。

 歩き方の原理は、言葉で言ってしまえばこれだけのことです。前足も後足も膝が伸びきるのが肝心で、日本人の場合これが出来ない人が案外多い。特に女性がハイヒールを履いているのに両膝が曲がり、尻が落ち、腰をかがめてパコパコ歩いているのを見るのは、耐えがたいものがあります。マリリン・モンローのように颯爽と歩いてくれないと。男性はタイガー・ウッズの歩き方を見ならうといいですね。全身のどこにも力みも歪みもない自然体で、足全体の重みを前に投げ出すようにスッと伸ばして、足首も柔らかくバネが利いて、大きな歩幅でゆったり歩いて、まるで次のショット地点に行くまでストレッチをしながら歩いているような印象を受けます。スイングを真似するのは無理だから、せめて歩き方を真似したいものです。

 社交ダンスも歩き方の練習にはいいです。私は大学1〜2年の頃にちょっとやって、シルバー1級とかいうライセンスを取ってダンス教室でアルバイトをしていたことがありますが、まず習うのは、足を目一杯伸ばしながら腰が上下にも前後にも揺れることなく滑るように移動することであり、これが私が「歩く」ということ意識した初めての体験でした。

 歩幅85センチというのは、けっこう遠いですが、私は普段でも出来るだけそのくらいの歩幅をとるつもりで歩いています。1ヤードは91センチ、畳の横の長さプラス1センチだからもっと広い。股関節を柔らかくして後足の蹴りを強くし、前足の踵の着地点をもう数センチ先にもっていくよう頑張らないと1ヤードになりませんが、その歩幅で長く歩くのは身長170センチで短足の私の場合は難しいです。とはいえ、夏の暑い日など、3ブロック先までもタクシーに乗りたくなりますが、そういう時に、「いやいや、歩く練習をしよう」と考え直して、膝の伸び、足首の柔らかさをチェックし、足の裏の体重移動や趾の地面を掴む感じを意識しながら、出来れば85センチを超えて1ヤードの歩幅に近づけるつもりで歩けば、けっこう楽しくて暑さも苦にならないものですよ。

 ちなみに、大英帝国単位(Imperial Unit)のヤード・ポンド法では、1foot(複数はfeet)は文字通り足の長さで、30.48センチ。ちょっと大きすぎる気もしますが、アングロ・サクソン人の男の靴の長さなのでしょう。1yardは3feetで91.44センチですから、その大きな足で3つ分、つまり、前足の踵と後足の爪先の間隔が2足分になるように大股で歩く1歩分が1yardということです。英語でwalkは「(普通の速度・歩調で)歩く」「ぶらぶら歩く」ですが、strideは「(元気よく、急いで、尊大に)大股で歩く」「闊歩する」で、普段は漫然とウォークしていて発作的にジョギングなどするよりも、いつも意識的にストライドするよう心がけるほうがいいのではないかと思います。

 歩き方など余り真剣に考えたり練習したりしたことがない親や教師がほとんどだと思いますが、まず自分の健康や運動能力アップのために、よい歩き方を身につけることが必要だし、そうやって歩くということを意識化しなければ、子どもたちに歩き方を指導することも出来るはずがありません。隗より始めよということです。長くなったので「靴」の話はまた次回に。▲