ナイフと小刀
■スイス・アーミーナイフ
■その他の多目的ツール…………2001年5月12日一部写真追加、同年9月19日記事追加・改定
■ハンティング・ナイフ
■和式鍛造小刀
■肥後守 …………2001年5月12日記事・写真追加
■騎馬民族の生活ナイフ…………2001年5月12日記事・写真追加
■ナイフ・マニア?
舛添要一は、まだ見せて貰ったことはないのだが、ファイティング・ナイフやハンティング・ナイフのコレクターだそうで、いつだったか東京でサミットが開かれて厳戒体制がしかれているさなか、日産テラノの荷台に何本かのナイフと1本の木刀を載せて都内を走っていて逮捕されそうになったという(バカな奴だ)。
私はそういう趣味はないが、子供の頃の「肥後守」や切り出しナイフに始まって、中学・高校の登山家気取りの時代の米軍放出のごついジャックナイフ、やがてスイス製の多目的ナイフのいくつかや米国製BUCKのフォールディング・ナイフ、最近では和風の山刀など、およそナイフというものを身近に置いておかなかったことはないから、ナイフ・コレクターではないがナイフ・マニアであることは間違いない。
[参考・銃刀法のナイフ所持規制→]
ナイフや小刀は道具の中の道具で、都会でも田舎でも、アウトドアでも旅行でも、およそそれなしに暮らすということはほとんど考えられないほどである。何に使っているのかというと別にたいしたことはなくて、昔誰かにお土産に貰って自宅のデスクにいつも備えているVICTORINOX(ヴィクトリノックス)のオーソドックスな赤いプラスチック柄・13ツールの「キャンピング」は、毎日山ほど来る郵便の封を切ったり、ワインを抜いたり、缶詰の蓋を開けたり、鉛筆を削ったり、ドライバーとして使ったりしているくらいなことで、まあちょっと便利な文房具というところだが、それでもその愛用の品が資料の山に埋もれて見えなくなったりすると結構焦って、見つかるまではどうにも精神不安定に陥ってしまう。
《Tiffany特注の銀製スイスチャンプ》
旅に出るときは、それではなくて、同じVICTORINOXの、これはいささか自慢のTiffany特注の柄が銀張りのスイスチャンプ(31ツールのモデル)を持ち歩く(左図)。「ティファニーで朝食を」のティファニーの優雅とスイス・アーミーナイフの無骨という取り合わせが面白くて、10数年前になるだろうか、ロサンゼルス・ダウンタウンのティファニーの店で衝動買いし(確か200ドル強)、別途に買った黒革のケースに入れて世界中を一緒に旅してきた、一人旅が多い私にとって大事な戦友である。銀の柄には十字マークが刻印してあり、反対側に小さな文字で「TIFFANY & Co./925+750/STER+18K」というクレジットが入っている。閉じた長さ91センチ、横幅32ミリ、重さ198グラム、メイン・ブレードの刃体長は標準の69ミリだが、しばらく前にキャンプのときに酷使して先を折ってしまい、家に帰ってから自分でグラインダーをかけて応急措置をしたので、長さが5ミリほど短く、形も不格好になった。そのうち修理に出して刃を取り替えようと思っている。私のスイスチャンプの31ツールは次の通り。
[参考・刃渡と刃長と刃体長→]
01 ラージブレード(丈夫で切れ味のいいメインのナイフ。突いたりねじったりしない)
02 スモールブレード(細かい作業に適した小刃)
03 マイナスドライバー小(缶切りの先にあり、プラスドライバーとしても使える)
04 缶切り(押し切り型で、オレンジなどの皮むきにも使える)
05 栓抜き
06 マイナスドライバー大(栓抜きの先にあり、90度に曲げて狭い場所でも使える)
07 ワイヤストリッパー(栓抜きの根元の溝でコードの被覆を剥がす)
08 リーマー=穴開け(木や革に穴を開ける錐)
09 ソーイングアイ=糸穴(リーマーの中程にある穴に糸を通して革やテントを縫う)
10 コルク栓抜き(コルク栓を開けるほか、堅くなった紐の結び目を解くのに使う)
11 キー・リング(携帯用に紐を通す)
12 ピンセット(とげ抜き、毛抜き)
13 ツースピック(爪楊枝)
14 はさみ
15 マルチフック(缶のプルを起こすなど、引っかける作業に)
16 ノコギリ(押しても引いても切れる)
17 うろこ落とし(波状の歯を使って魚の尾から頭に向かってうろこを取る)
18 はり外し(うろこ落としの先端のU字の溝で魚の喉から釣り針を外す)
19 スケール(うろこ落としの背側にセンチとインチの目盛りがあり、釣った魚を計る)
20 爪やすり
21 金属やすり(同じやすりを金属やすりとしても使う)
22 爪そうじ(やすりの先端で爪の間に入った汚れを取る)
23 金属ノコギリ(やすりの下面に歯が付いている)
24 精密ドライバー(電気配線などの工作に)
25 ノミ(木工用のノミで、狭い溝などの掃除にも使える)
26 プライヤー(ボルトやナットを回す。横にねじるように力を入れてはダメ)
27 ワイヤカッター(プライヤーの根元でワイヤを切る)
28 プラスドライバー(90度に曲げても使える)
29 ルーペ
30 ボールペン(上向きにしても書けるスペース仕様)
31 眼鏡ドライバー(コルク栓抜きの中に収納されている極小ドライバー)
スイスチャンプの現行モデルは、このほか、プライヤーの柄に付属する端子潰しの機能と、本体から引き出して使う細いピンが加わって、計33ツール。プラスチック柄で色が赤、黒、青、白の4種類のほか、柄に時計が付いた替わりにピンセットと端子潰しがない32ツールのタイプの計5種類がある。このほか、「スペシャル」シリーズの中に、スイスチャンプ・シェル(柄が真珠母貝)、同スタッグ(鹿角)、同バッファロー(水牛角)、同ウッド(ローズウッド)があり、標準型と比べて端子潰し、ポールペン、ピンがない30ツールで、柄に凝っているだけ値段が高い。私が持っているTiffanyの銀製は、このスペシャルの別バージョンだと思われるが、スペシャルと比べるとボールペンが付いていて1ツール多い。
VICTORINOXの代表的モデルは「オフィサーズ・ナイフ」シリーズで、33ツールのスイスチャンプを頂点に、13〜25ツールを様々に組み合わせた50種類ほどのラインナップがある。その中で柄に高級材を用いたのが「スペシャル・シリーズ」である。いずれも柄の長さ91ミリ、メイン・ブレードの刃体長69ミリだが、さらに機能を落とし柄の長さを84ミリに縮めたシリーズもある。また柄の長さが58ミリないし74ミリで7〜10ツールの「ミニ・シリーズ」はキーホルダーにして持ち歩くのに便利である。オフィサーズ・ナイフは、1本のスプリングで開閉時にブレードの後端を抑えるスリップジョイントという簡便なロック機構を採用しているので、ロックが確実でなく、突き刺すような使い方は出来ない。そこで、もっと完全なスライドロックもしくはライナーロックの機構を取り入れてヘビーな使用に耐えるものにしたのが「ロック・ブレード」シリーズで、柄も111ミリと大きい。代表的なのは、19ツール、スライドロック式の「ワークチャンプNL」である。他に、カタログを見るとキッチン用やガーデニング用のナイフもあるが、実物は見たことがない。
《スイス・アーミーのもう一方の雄WENGER》
スイス・アーミーナイフには、VICTORINOXと、もう1つWENGER(ヴェンガー──日本では英語訛りでウェンガーと呼ばれるが、ドイツ語読みならヴェでしょう)もある。
VICTORINOXは、それまでスイスのナイフ市場が欧州最大の刃物産地ゾーリンゲンを中心とするドイツのメーカーによって支配されていた中で、スイスのシュヴィッツという小村で帽子職人の四男坊に生まれたカール・エルズナーがドイツとフランスで修行したあとワークショップを開いたのが始まりの、この国最初の本格的なナイフ・メーカーである。1890年にスイス陸軍が、新型のライフルのメンテナンスに必要なツールを備えた多目的ナイフを兵士に持たせることを決めると、アイズナーはこれに果敢に挑戦して4つのツールを持つ最初の「ソルジャーズ・ナイフ」を開発し、見事に制式の認定を得た。やがてそれをベースに、6つのツールを持つ将校用の「オフィサーズ・ナイフ」を製作したが、これは軍に制式採用されなかったので、同社は特許を確立した上で一般用として売り出した。これが、今日まで世界中に送り出してきた数百種類のモデルの原型となった。VICTORINOXという社名=ブランド名は、アイズナーの母親の名Victoraと、同社が使っているステンレススチールの呼び名INOXを合わせたものである。今のVictorinoxの社長は3代目カール・エルズナーである。
ところでアーミーナイフの受注に成功したアイズナーは、自社だけでは供給が追いつかないため、スイス各地の刃物職人37人を糾合して「スイス刃物業組合」を結成して彼らに下請けをさせた。その中から独立してスイスで2番目のナイフ・メーカーとなったのがWENGERで、1897年にテオドール・ウェンガーという人物が社長に就いたのでそれが社名になった。どちらも、スイス陸軍制式品であることを示すスイス国旗の十字章を柄にデザインすることを許されており、いろいろ変遷があるが、現在は、やや縦に長く下部が尖っている中に十字があるのがVICTORINOX、やや丸みを帯びた正方形の中に十字があるのがWENGERである。
TiffanyはWENGERにも特注デザインのナイフを作らせていて(右図)、これは9ツールのTravellerというモデルと機能は同じだが、柄がプラスチックでなく、厚く丸みのあるステンレスのメタリックなデザインの珍しいもので、十字マークはなく、代わりに柄の裏側に「TIFFANY & Co./SWISS MADE」と刻印がある。これは確か7〜8年前にニューヨークで買ったが、上記の銀製VICTORINOXを持ち歩くことが多いので、ほとんど自宅待機させられている。
《VICTORINOXの最新作はパソコン用のサイバーツール》
VICTORINOXの2000年話題の新作は、柄が半透明のプラスチックで出来たスケルトン・タイプ(直訳すると“骸骨型”──iMacですっかり大流行になった半透明ボディーで中のマシンが透けて見えるデザインのこと)のシリーズで、パソコン修理ツールをフィーチャーした「サイバーツール」(下図、赤のみ)、小型で7ツールの「クラシック・シグネチャーT」、LEDライトが付いた「スイスライトT」(ともに赤・青・緑の3色)があるが、面白いのはサイバーツールで、29ツールのタイプと、それにプライヤーやはさみなどを加えた何とチャンプを上回る34ツールのタイプ(1.7725.T)がある。と言っても、パソコン修理や電気配線などに必要なドライバーの差し替えビットなどがやたらについているためで、それを別にすれば20ツール程度のモデルと同等である。閉じた長さ91ミリ、横幅28ミリ、重さ152グラム、メイン・ブレード刃体長69ミリ、刃材はもちろんINOX、日本正価1万2000円、実価8500円程度。旅先にノートパソコンを持っていく場合は、思わぬ故障を自分で何とかしなければならない場合があるので、今まではパソコン専用の六角ドライバーを忘れず持ち歩いたが、これからはこれが頼りになりそうだ。
[参考]
●平山陽一『ツールナイフのすべて』(並木書房、1998年)
◆VICTORINOX JAPAN(http://www.victorinox.co.jp/index2.htm)
◆VICTORINOX SWISS(http://www.victorinox.ch/newsite/en/index.htm)=英語
◆WENGER(http://www.wengerna.com/)=英語
そういうわけで、近代的な多目的ツールナイフはVICTORINOXを原点として軍用として開発され、それがキャンピングやアウトドアや旅行にも便利だということで、各国ごとにいろいろな形のものが作られてきた。欧州ではドイツのAdlerやスペインのAitorが有名だし、米国では海兵隊御用達のCamilus、米海軍・沿岸警備隊が使うMyerchin、米特殊部隊にいたことのある中国系米国人が作るAl Marなどが知られている。日本では、軍用ナイフは余り発達せず、肥後守の尻に缶切りを付けた陸軍下士官用小刀がある程度だが、本格的な一般用の「多徳ナイフ」としては、山田卯三郎とその弟子の藤本保彦が作り、その2人が故人となった今は鹿山利明が受け継いでいるものがほとんど唯一とされる。最近は、米Gerberと提携した関のG. Sakaiの製品も出回っている。
《イタリア製の乗馬用ナイフDAVID》
VICTORINOXには上述のように豊富な製品ラインがあって、その中には釣師用のフィッシャーマン、ヨット用のマリン、グリーンの芝を整えるフォークが付いたゴルファー、宇宙飛行士用のスペースシャトルなど、特殊な目的にツールを組み合わせたものもある。他社もそういうものをいろいろ開発していて、ナイフ店のウィンドウを眺めていると飽きることがない。
やや変わったところでは、イタリア製のDAVID(ダヴィド)の乗馬用多目的ナイフがある。馬に乗って原野・山林を散策したりキャンプしたりして1日の行動した後に馬の蹄に入った石や泥を掻き取るための大きなストーンフック、馬具修理用の錐をはじめ、プラスとマイナスのドライバー、大小2つのナイフ、鋸その他10ツールが付いた、美しい木目の柄のそのナイフは、馬でトレッキングやキャンピングに出るときにはいつも腰に下げている。98年に京橋の刃物店西勘本店で偶然見つけて、一も二もなく買ってしまった。閉じた長さ99ミリ、重さ154グラム、メインブ・レードの刃体長72ミリ、鋼種はINOX、日本での実価3万円。紙の箱にはイタリア製と書いてあるが、ブレードには「DAVID/Rostfrei」とドイツ語でステンレスであることが刻印されているので、実際はゾーリンゲンあたりで作らせているのだろうか。
《優雅なフランス製ソムリエ・ナイフLaguiole》
ソムリエ・ナイフも一種の多目的ナイフで、形と仕上げが美しいのはフランスのLaguiole(ライヨール)である。時折「ラギオール」とカタカナで表示してあるのを見かけるが、これは間違いで、「ライヨール」か、もしくは「シャトー・ラギオール」のどちらかでないとおかしい。この点についていろいろ混乱があるようなので、別途に“研究論文”?を追加掲載した。また私も若干混乱していた部分があるので、下の関連リンクを改定した。
[研究資料「ライヨールとラギオール」→]
日本中どこでも売っているが、10年ほど前にパリの店先で見かけて買ったまま、ほとんど使わないで仕舞ってあったのを、何年か前に人に上げてしまった。ところが最近、日本橋の木屋で隣に並べてあった専用皮ケースがライヨール独特の柄の優雅なカーブ(女性の脚をイメージしたと言われる)に合うよう作ってあるのがかわいくて、思わず買った。柄の材料にはいろいろなものがあるが、これは「#S ST ブラウン」というモデルで、Stamina(ローズウッド合板に色付きの樹脂を塗って表面を強化したもの)の柄で、閉じた長さ121ミリ、重さ86グラム、刃体長56ミリ、刃材は440ステンレスである。革ケース付き実価1万6300円。形は、シールを切る鋸歯のナイフの根元に栓抜きが付いたブレード、コルクスクリュー、コルクを引き抜くときに瓶の縁に掛けて支点とする金具の3ピースが付いた最もオーソドックスなもの。これは栓抜きが付いているが、それがなくてナイフだけのものもある。また最新のモデルでは、支点金具が栓抜きの形をしていて、ナイフはナイフだけというスタイルを採っているようである。
ライヨールはフランス中西部の谷間にある人口1200人の小さな村で、あたりののどかな田園風景や昔ながらの手作りの味を守っている工場の様子はホームページで見ることが出来る。同社の職人技へのプライドを象徴するのが、柄の中央の留金の周りに6つの金属小片を十字形に象嵌したShephard's Cross(羊飼いの十字架)のマークで、これは機械では絶対に造作出来ないものだと誇らしげに宣言されている。余り知られていないが、カタログで見るとライヨールはフォールディング・ナイフやアウトドア・ナイフなども作っていて、いずれも優美である。
《機能一本槍のLeathermanの多機能プライヤー》
同じ多目的ツールでも全く趣が違うのは、米国Leatherman(レザーマン)の多機能プライヤーで、もちろんナイフも付いているが、メインはあくまで折り畳みのプライヤーで、その柄の中にいろいろな道具が組み込まれているコンパクト工具である。まさに英語のツールとはこのことである。
ティム・レザーマンという青年が1975年に欧州を貧乏旅行した時に、旅の行く先々でボロ車を直さなければならなかったが、道具がなくて困った。車で旅行するのに必要な道具類を最もコンパクトな格好で持ち歩くにはどうしたらいいかを考えながら帰国した彼は、すぐにガレージに閉じこもって自分の理想の道具作りに取りかかった。8年間を費やしてようやく最初のモデルである「ポケット・サバイバル・ツール(PST)」が完成し、彼は1983年に友人とともに会社を設立した。このいかにも米国人好みの機能一本槍の道具はたちまち人気を博し、世界ブランドにのし上がった。「1つの道具、数千の使い方」がキャッチフレーズである。
以後、MICRA、MINI-TOOL、SLIDECLIP、PST-II、SUPER TOOLなどのモデルが出てその都度改良が施されてきたが、創立15周年を記念して98年に出された最新の中心モデルは「WAVE」で、閉じた状態で長さ100ミリ、開いてプライヤーの形にした長さ160ミリで、17ツールの組み合わせ、重さ216グラム、メイン・ブレードの刃体長75ミリである。革ケース付きで米国内の実価60〜70ドル、これが日本の専門店の正価(?)で2万円、実価1万5000円程度(これに限らず輸入刃物の価格はデタラメで、本国に行くかオンライン通販で買うと大体半分から3分の1で買える!)。95年の前モデルSUPER TOOLと比べると、機能はほとんど変わらないが(電工用クリンパーがなくなって鋏が付いた)、重さもサイズも一回り小さくなっている。特徴は、
(1)ハンドルを開かない状態でその両側からメインブレード、波刃ナイフ、鋸、ヤスリの4つのブレードを出すことが出来る、
(2)ナイフと波形ナイフは片手で開くことが出来る、
(3)その4枚とも独立した機構で完全にロックされる(PST・まではロックが不完全でその点ではGerberに遅れをとっていた)、
(4)プライヤーにしたときにハンドルが角張っていて長く使うと手が痛くなったが、丸みが付けられて握りやすくなった、など。
開くと全長16センチの使いやすい大きさのプライヤーになり、プライヤーの根元にはワイヤカッターとワイヤストリッパーが付いている。柄の内側からは、大小4種類のマイナスドライバー、プラスドライバー、缶切り・栓抜き、鋏、携帯用の紐を通すための小穴など小道具が出てくる仕掛けである。さらに別売の「アダプター・セット」(7000円、実価5000円程度)を買えば、6種類の電工用ヘックスドライバーのビットを装着できる。
PSTの大流行のあと、Gerber(マルチロックプライヤー)はじめBuck(バックツール)、Al Mar(4×4ツールメイト)、SOG(パラツール)、G.Sakai(フィールドツール)、VICTORINOX(スイス・ツール)、WENGER(ヴェンガーグリップ)などファクトリーナイフのメーカーがアイデアを盗用しつつ巧みに形や機構を変えた似たようなものが出して、それぞれに特徴があってけっこう愛用者が多いが、機能美と種類の豊富さでやはり本家のLeathermanに軍配が上がるだろう。私は2年前に米国在住の知人からプレゼントに頂いた皮ケース入りのWAVEをいつも車のグローブボックスに放り込んである。
[参考]
◆Laguiole[Forge de Laguiole](http://perso.wanadoo.fr/forge.de.laguiole/en/fichiers/intro.html)=英語
◆Chateau Laguiole[SCIP](http://www.wineac.co.jp)=日本代理店WACのサイト
◆LEATHERMAN(http://www.leatherman.com/)=英語
◆The Gerber Store(http://www.gerberstore.com/)=英語
ナイフ・コレクターが夢中になるのは、主に米国製のハンティング(狩猟用)もしくはファイティング(戦闘用)ナイフである。原型は、西部開拓時代に殺人用の武器と作業用の道具を兼ねて盛んに使われた刃体長200ミリを超えるような大型ナイフで、伝説的な西部の荒くれ男ジム・ボウイが決闘やバッファロー狩りに愛用したことから「ボウイ・ナイフ」と呼ばれ、今も米国では盛んに作られている。欧州で使われていたブッチャー(屠殺用)ナイフを改造したのが始まりという。
その現代版が、映画『ランボー』に登場して一時は世界的ブームになった「サバイバル・ナイフ」で、300ミリを超える鋭く尖った殺人用のブレードの背にセレーション(鋸刃)が刻まれ、ハンドルに緊急時のためのキットが収納されているという代物。実際にはこれは、人殺しの目的以外に使いようがなく、私は全く興味がない。ちなみに、米空海軍が制式としている本物のサバイバル・ナイフは、M・アームズ社製の刃渡り130ミリのものである。
《ランドールとラブレス》
ハンティングやキャンピングなどアウトドア目的だけでなく街中で工作用の道具や文房具としても実用的に使われる、いわゆるアメリカン・ナイフがもてはやされるようになったのは、それほど昔のことではない。その先駆者はウォルター・D・ランドール(Randall)というオーランドの農場経営者で、1939年に趣味で作り始めたハンティング・ナイフが評判になって商売に転じ、とくに42年に発売したファイティング・ナイフのModel 1が第2次大戦に出征する米軍兵士たちの間で広く愛用されたことから評価を確立した。高炭素のスウェーデン鋼を伝統的な鍛造方法で叩き上げた切れ味と、全体のデザインや細部に至る造りの美しさが特徴である。[参考・刃の鋼材→]
ランドールに影響されてナイフ作りを始めた1人が、ロバート・W・ラブレス(Loveless)で、彼は1950年代初めに、鍛造ではなく1枚の鋼材を型抜きし削り出してブレードを作る「ストック&リムーバル法」を創案し、その方法によってシンプルで洗練されたスタイルと工芸品と言ってもいい手作りの味わいを持つハンター・ナイフやスキナー(皮剥用ナイフ)を売り出して一躍有名になり、それゆえに「現代ナイフの父」とも呼ばれている。
ラブレスも軍用のファイティング・ナイフを作っているが、どちらかといえばハンティング系であるのに対し、ランドールはファイティング系が中心で、この両者がアメリカン・ナイフを代表する双璧といえる。だが、ランドールはどのモデルも200ドル台(日本で買おうとするとなぜか5〜6万円するが)であるのに対し、ラブレスは日本では40万前後から100万円近くする。たとえ買っても持ち歩いて荒っぽく使うわけにいかないし、なくしたらショックで立ち直れないだろうから、やはりラブレスはコレクター趣味のものである。
もっとも、ラブレス自身も自分の作品が余りに高価なコレクター・アイテムに祭り上げられてしまっていることには若干自責の念(?)があるようで、Web上を巡回していたら、ケン・ワーナーというベテランのスポーツナイフ評論家が2年前に設立したナイフのネット通販会社「KNIFEWARE.COM」でラブレスの「Sports 99」=120ドル、「Loveless Trail Knife」=235ドルという、ここでしか入手できない特別普及品を売っていた。説明書きにこうある。
「ナイフ作りの伝説的な人物で、現代ナイフの最初のデザイナーと言っていいR・W・ラブレスがナイフを実際に使う一般の人々が入手可能なラブレス・ナイフを提供しようとしている。コレクターたちは、彼が日々作っているナイフの値段をつり上げて、実用的な市場から遙かにかけ離れたものにしてしまった。ハンティングに行くのに、1000ドルも3000ドルもするナイフを腰に下げて行く者はほとんどいない」
この説明にほだされて、ついオンラインで注文してしまったのが写真のMarble's Sports 99 hunter's knife。確かに形や柄の材質はラブレス風で、ブレードには「R.W.Loveless approved W.L.Marble」と刻印があり、また革シースには「Lovless Design」と押印がある。
KNIFEWARE.COMは、ワーナーがナイフ評論35年間の経験の果てに、「毎年2000万本も3000万本もナイフが売れる中で、自分が本当に人々に提供したいと思うナイフを見いだすのが難しくなってしまった」という思いに行き着いて、独自に開発したブランドである「Big Country」「Blackjack」のほか、自分がプロデュースして提携先のラブレス及びD. Atkinsonに作らせた品物を販売するために創設された。ビッグ・カントリーは99ドル、ブラックジャックは170〜215ドル、ラブレスの特別版もそのレベルで、実物を見ると、もちろん“本物”のラブレスの精緻や優雅とは比べものにならない“ラブレス風”にすぎないが、行き過ぎたコレクター趣味への良心からの警告には耳を傾けるべきだろう。
《カスタムとファクトリー》
一般に、ラブレスのように1本1本が文字通りの職人的手仕事による芸術品的なものは「カスタム・ナイフ」と呼ばれ、日本製でも10万円前後から数十万円する。カスタムとは本来は顧客の注文に応じて作るオーダーメイドのものを指すが、ここでは必ずしもそのような厳密ではなく手作りの高級品という程度の意味でそのように呼ばれている。中には、米国の有名ブランドのコピーに過ぎない何のオリジナリティもない代物を、「カスタム」だと言って10万円や20万円もの値段を付けているケースもあるから要注意である。輸入品をバカ高い値段で売る販売店があり、それに便乗して詰まらぬナイフを高級品に装う国産メーカーも後を絶たず、こんなバブリーなことを業界が続けているとナイフ市場そのものが消費者から思わぬしっぺ返しを受けることにもなりかねない。ワーナーの姿勢に学ぶべきではないか。
カスタムに対して、工場で量産されて数千円から数万円程度で提供される実用的なものが「ファクトリー・ナイフ」で、ランドールや日本の代表的刃物産地=関市のG・サカイやモキなどは、ファクトリーとして量産品を生産しながらも、高級品については要所を手仕事で仕上げてカスタムに近い品質を作り出すのに成功している。上述のLaguioleなどもそういう意味で手作り味を残したファクトリーに属する。
《シース・ナイフとフォールディング・ナイフ》
ナイフの形態で言うと、ランドールやラブレスはいずれも「シース・ナイフ」と言って、ブレードの鋼材がそのまま柄の中にまで伸びているタイプで、折り畳むことが出来ないので鞘(sheath)に入れて持ち歩くのでそのように呼ばれる。それに対して、もう1つは「フォールディング・ナイフ」と言って折り畳み式のもので、これは別にケースに入れなくてもポケットに放り込んでおけるのが便利である。フォールディング・ナイフの本場はイギリスの700年の歴史を持つ刃物産地Shefield(シェフィールド)で、18〜19世紀を通じて特に小型のフォールディング・ナイフ(ポケット・ナイフ)を大量に製作して輸出したが、今はだいぶ衰えた。その伝統が20世紀になって主に米国で手軽なハンティング・ナイフとして蘇った。
米国で最も人気のあるフォールディング・ナイフのメーカーはバック(Buck)で、第2次大戦中から使い古しのヤスリの鋼材でナイフを作っていたホイト・バックという職人が、戦後1947年に息子とともにサンディエゴ郊外で会社を興し、64年に売り出した「Model
#110 Folding Hunter」が超ロングセラーとなった。
日本でもこの#110が“名器”として紹介されることが多いが、織本篤資に言わせると、刃長3.75インチの#110は手の大きい米国人にとって名器なのであって、日本人にはそれをややダウンサイジングした#112
Rangerのほうが握りやすく扱いやすいという。また信太も、スキナーなどは米国人には4インチが標準だが日本人には3インチが使いやすいと言っている。HunterもRangerも、柄の下部が真っ直ぐのものと、Finger-Grooved(FG)と言って握りやすいように4つのへこみが付けてあるものがあり、私が前から持っているのは#112のFGタイプで、閉じた状態で4.25インチ(108ミリ)、重さ166グラム、刃体長3インチ(76ミリ)、刃材425Mステンレスである。正価66ドル、何年か前にロサンゼルスで60ドルで買った(上図の右)。
フォールディング・ナイフは、鞘から引き起こしたブレードがロックされないと握っている指が危険である。その頑丈なロック・バック方式(Lock Back──ロックが柄の後ろに付いている)と呼ばれるロック機構を発明したのがBuckで、#110に初めてそれを組み込んでフォールディング・ナイフの価値を大いに高めた。今ではそれが進化して、センター・ロック、フロント・ロック、トップ・ロック、ボトム・ロック、ライナー・ロック、スライド・ロック、ロータリー・ロックなど様々な方式が開発されている。どの方式であっても、出来のいいフォールディング・ナイフは、刃を起こしたときにカチッとロックされるそのメカニックな音に信頼性の証があるような気がする。私がもう1つ持っているフォールディング・ナイフは、関のG・サカイの小型のもので(左図の左)、「ニューフォールディングハンターS」のウッド柄、閉じた長さ88ミリ、重さ75グラム、刃体長2.6インチ(66ミリ)、刃材ATS-34、正価1万6000円、実価1万3000円程度である。これは、2000年2月に関市の信用金庫に講演に行ったときにウッカリ「刃物が好きで……」と口を滑らせたら、会長さんが取引先であるG・サカイのショップから取り寄せてプレゼントしてくれたものである。
アラスカで熊と闘うとか、高山で滑落して足に絡んだロープを切断して脱出するとか、本当にワイルドな使い方を想定する人は、堅牢性に優れている上、腰からサッと引き抜くだけで使えるシース・ナイフを好むが、私はそういう状況を考えていないのと、子供の頃から肥後守やジャックナイフで育ってフォールディング・タイプが好きなので、洋式のシース・ナイフは持っていない。いや、上述のKNIFEWARE.COMの心意気に賛成する余り、125ドルの「Knifeware Loveless Special」をメール・オーダーしたので、1本だけ持っている。
[参考]
●織本篤資『ナイフの楽しみ』(並木書房、1997年)
●信太一高『アウトドア・ナイフを使いこなす』(地球丸、1997年)
◆Randall Made Knives(http://www.randallknives.com/)
◆KNIFEWARE.COM(http://www.knifeware.com/knifeware/index.html)
◆BUCK(http://www.buckknives.com/)
◆G・サカイ(http://www.gsakai.co.jp/)
キャンプに行ったり、乗馬トレッキングに出かけたり、北海道の深山にオショロコマ釣りに入ったりするときには、気分的にどうしても山刀、すなわち和式のアウトドア用シース・ナイフということになる。福井県武生市の刀匠=佐治武士が打っているような伝統的な山刀の類(右図)が何とも味わいがよくて、何本か持っている中からその時の気分に応じて、前夜に入念に手入れして持っていく。
同じクラスの刃体長の洋式ナイフは、何かおどろおどろしくて、見るからに人か獣を殺すために作ったという感じがするが、和式小刀は、鋭い中にも優しさがあって、藪を切り開いたり料理をしたり流木を削って細工をしたり、「これ1本持っていれば何があって大丈夫」という安心感というか、気持ちを落ち着かせてくれる不思議な力を持っている。
《軟鉄と鋼の「合わせ」》
洋式ナイフは鋼材を型抜きして刃を削り出すやり方がほとんどで、中にはランドールのように鍛造にこだわっているものもあるけれども、その場合も1種類の鋼材を鍛えるだけである。
ところが日本刀の伝統を引く和式ナイフは、「合わせ」と言って、軟鉄に鋼を抱き合わせたり張り合わせたりして、繰り返し熱して叩くことで緊密に結合させるという、世界のどこにもない複雑なやり方をする。そのため刃の切れ味は洋式ナイフより鋭く食い込みがよいが、刃身は曲がりにくく折れにくい。鋼材の硬度を上げれば切れ味はよくなるが、靱性(粘りけ)が低くなって衝撃に弱くなる。単一の鋼材では解決できないこの矛盾を、硬軟の抱き合わせで解決したのが日本の知恵である。
「合わせ」は、日本刀の1000年以上もの歴史の中で開発されてきた精妙な方法がいろいろあって、中程度の柔らかさの軟鉄の先だけに鋼を被せたり(甲伏せ)、軟鉄の中に鋼を割り込ませたり(割り鋼)、かなり柔らかい軟鉄の周りをぐるりと鋼を巻き付けたり(捲り)、峰側に中軟鉄、真ん中に軟鉄、刃側に鋼を置いて左右からまた中軟鉄で挟んだり(四方詰め)、さらには五枚合わせ、七枚合わせなど全部で30種類以上もあって、まあこういうことをとことん追求する職人魂には驚くほかない。和式小刀や包丁ではそれほど難しいやり方をするのでなく、両刃の場合は軟鉄の地金に鋼を挟み込むか(割り込み)、鋼を2枚の軟鉄で挟み(三枚打ち)、片刃の場合は刃側の半分ないしは全面に鋼を貼り付ける(付け鋼)。
こうやって硬軟を抱き合わせることのメリットは、製造過程では、焼き入れしたときに鋼が暴れるのを軟鉄が押さえ込んでヒビ割れを防いでくれるので、焼いた鋼を水中に突っ込んで急激に冷やしてより高い硬度と耐摩耗性を引き出すことが出来る点にある。単一鋼材の場合は、水ではなく油の中でゆっくり冷やさなければならないので、どうしても切れ味に劣る。また、硬軟の鉄の境界は鍛え方によっていろいろな模様を作るので見た目にも美しいが、単一鋼材では研磨の過程で表面の処理の仕方を工夫するだけである。
他方、軟鉄を使うことのデメリットは錆が出やすいことで、自分で研ぎを楽しむ気風がなければ和式小刀を使う資格はない。ところが、自分で研いで手入れを怠らない覚悟さえあれば、単一鋼材に比べて鋼の部分が少なくて薄く、軟鉄に包まれているために、遙かに研ぎやすく、刃先の角度や刃の付け具合を好みに応じて調節することも容易であるというメリットがある。
《日本独特の片刃》
和式の刀や包丁の片刃というのもまた日本独特のもので、他の国には例がない。片刃・両刃という言葉はややこしくて、日本刀のように刃身の片側にだけ刃がついている「刀」を片刃、両側に刃がついている「剣」を両刃という場合と、その片刃の刀や包丁の刃の付け方について、刀身の断面を見て、片面が平面か凹面で反対面が凸面になっているのが片刃、両面をほぼ均等に鍛えて研いであるのを両刃と呼ぶ場合とがある。ここで片刃というのはもちろん後者の場合である。
片刃の刃物は、刀身が片側に傾斜しているので、刃が素材に対してやや左に鋭角に食い込んで素材の組織に密着して切ることができる。そのため切り口が鮮やかになり、また切ったものが離れやすい。また手首や指の微妙な動きで刃の当たり方を調節できるので、きめ細かい切り方ができる。そのため、日本料理のプロが使う出刃(魚をおろす)、柳刃(刺身を引く──関東では蛸引きと言う)、薄刃(野菜を切る)の和包丁3点セットは、みな片刃である。それに対して、洋式の牛刀やそれを使いやすく改良した「文化包丁」(魚も肉も野菜も1本でまかなうので「三徳包丁」とか「万能包丁」とも言われる)、この頃はあまり使われなくなった「菜切り包丁」、中華包丁などは両刃で、素人には使いやすく手入れも簡単な反面、これで微妙な細工をしてきれいに仕上げようとしても片はよりかえって難しい。
このように片刃と両刃は一長一短があるので、和式小刀も目的に応じてある程度それを使い分けている。おおざっぱに言って、切れ味ときめ細かさを重視すると片刃、タフさと使いやすさを重視すると両刃ということになるのだろうか。釣った魚をその場で捌くことを想定した渓流刀には片刃が多く(上図の右は佐治作の片刃渓流刀)、また細かい細工をするための切り出し小刀はほとんどが片刃である。鉈にも片刃と両刃があって、杉の枝打ちをするような場合に片刃でスパッと払うと切り口が鮮やかで、後に節目が残りにくいと物の本に書いてあるが、実際にやってみると、よく研いだ鉈なら片刃でも両刃でも余り違いはないようだ。
[参考]
●織本篤資『和式ナイフの世界』(並木書房、1994年)
私たちが子供の頃は誰でも肥後守を持っていて、鉛筆削りから工作や蛙の解剖まで、まさに万能ナイフとして使っていたし、刃物を研ぐこともそれで覚えた。小学校の5年くらいだから1955年前後からだと思うが、肥後守を常時携帯することが余り好ましくないようなことが言われ出して、筆箱にはボンナイフというカミソリの刃にブリキの柄を付けただけの、鉛筆削り以外には使いようのない無粋なものを入れておくことが推奨されるようになった。やがて60年安保の年に社会党委員長の浅沼稲次郎が右翼少年に刺殺される事件が起きたのをきっかけに、革新勢力やPTAが「刃物追放運動」という筋違いのキャンペーンに立ち上がり、2年後には銃刀法が強化・改正されて、刃物を持つこと自体が罪悪であるかの風潮が広がったのである。
さて、この肥後守が 本当は普通名詞ではなくて兵庫県三木市の刃物組合が作るものだけがそう名乗ることの出来るブランド名であることは、ごく最近になって知った。三木は江戸時代から代表的な刃物産地だったが、明治の中頃に同地の金物商の1人が熊本に行商に行った折に原型となった小刀を手に入れてきて、地元の鍛冶=村上貞治にそれを真似て作らせた。村上は、開いたときに刃が安定せず柄を握った指を痛める危険があったので、刃の後端に「チキリ」と呼ばれる尾のような出っ張りを付けてそれを親指で押さえて使うという仕掛けを考案し、そのため三木の肥後守は安全で手軽な小刀として全国に知られるようになった。
最初は、包丁などと同様、鋼を軟鉄に挟んで鍛造した本格的な高級刃物だったが、やがて鋼を型で打ち抜いて研磨するだけの安価な量産品が作られるようになり、小学生でも1人に1丁の必需品となったため、三木市だけで月産数十万丁を出荷するほどの一大産品となった。ところがそうなると、全国各地でも肥後守を名乗って類似品が作られ、その中には焼き入れも満足にしていない粗悪品も少なくなかったので、困った三木の組合は明治40年代に入って「肥後守」を商標として登録した。それでやむなく他の産地は「肥後ナイフ」などのように「守」の字を外して販売した。我々が子供の時に持っていたのは、たぶんそういう粗製品の1つだったのだろう。
今では三木市で昔ながらの本格鍛造で肥後守を作り続けているのは永尾製作所のたったの1軒だけ(型抜き量産品を作っているところは1〜2軒あるらしい)。しかも後継者もなく、いずれ三木市の肥後守の歴史も消えゆく運命にあるという。『本刃付 登録商標 肥後守定「駒』(“「駒”はカネコマと読む。その前の“定”は何と読むのかな?)という名称が箱に書いてあるのを見かけたら買っておくようお勧めする(秋葉原の刃物店や東急ハンズにあります)。
写真は、右の大中小3本が正統・三木市永尾製作所のカネコマで真鍮柄のもの。真ん中の中ぐらい(全長18センチ)が標準タイプ(ちなみに、大=19.3センチ、小=15センチ)。何年か前に私が「消えゆく肥後守」を惜しんで60丁まとめ買いして友人たちにお歳暮代わりに贈ったことがあった。右端の黒い革ケースは、その時に日刊ゲンダイの二木啓孝さんが感激して、自分の知り合いの革職人にケースを特注して1つを私にくれたもの。愛用しています。
その左は、京橋の刃物店「西勘」が恐らく永尾製作所に特注しているもので、柄に「西勘 肥後守」と刻印があり、箱には『本刃付 登録商標 肥後守 特製』と書いてあるが、箱の模様と文字の書体は永尾製と全く同じ(全長16センチ)。その左は『肥後守利光』で、肥後守を名乗る以上、三木市のものだが、永尾製ではなさそう(18センチ)。その左は、ずいぶん昔から私の道具箱に入っているもので、箱には『スバラシイ切味
登録 千代田肥後ナイフ \150』、柄には『商標 肥後千代田丸』とある由緒不明のもの。鋼の型抜きで柄もチャチで、私らが子供の頃に持っていたものに一番近い(15.5センチ)。左端は『最高級特製品
本打割込 肥後隆義』で、どこだったか著名な刃物専門店で売っていた。言うとおり本格鍛造でしっかりした作りだが、「肥後守」と名乗っていないので三木市のものではない(20.5センチ)。
[参考]
●織本篤資『和式ナイフの世界』(並木書房、1994年)
●遠藤ケイ『日本の智恵』(小学館、1996年)
◆斎藤紀行「肥後守博物館」(http://members.jcom.home.ne.jp/nryk/shuushi.html)
◆三木工業協同組合青年部「金物のまち三木」(http://www.miki-kanamono.gr.jp/)
モンゴルの遊牧民は、ナイフと箸が1つの鞘に収まったナイフを常時携帯して、それで羊を捌き、肉やチーズを切り分けて、食べる。これだけあれば生きていける──という覚悟のようなものが伝わってくる美しい道具である。
写真は、99年にウランバートルを訪れたときに、国立博物館のショップでさんざん迷った挙げ句に買ってしまったもので、ナイフは全長31センチ、刃長17センチの細身のもので、それに27.5センチの象牙の箸が付いている。鞘にも象牙を使ってモンゴル文字の象嵌が施してあり、銀の鎖で革紐に繋がっている。写真下はこれとワンセットになっている火打ち石で、革と銀の取っ手に填め込んであり、同じ意匠の銀鎖と革紐が付く。モンゴル政府が認定した古美術品なので、このページに出てくるどのナイフよりも高価である(と言っても8万円くらいだが)。
朝鮮半島にも同じ遊牧民の伝統ナイフがあるはずだと思って、先ごろソウルに1週間滞在した際、取材の合間に仁寺洞(インサドン)の骨董街を歩き回ったら、やはりあった。写真の下がそれで、柄も鞘も箸も銀製。柄から鞘にかけて、雲、松、竹、梅、孔雀、鹿の図柄が精密に彫刻され、箸には亀が付いていて、なにやらまことにお目出度い。ナイフは全長13センチ、箸は11.5センチと極めて短く、お店のおじさんによれば「生活用具というよりも、礼装の際に腰に下げる装飾品ではないか」という。上は、その隣に置いてあって、姿がスキッと美しいので思わず一緒に買い求めた、やはりオール銀装飾のナイフで、全長15センチ、きちんと研磨されて鋭い刃が付いている。こちらは「身分の高い女性の護身用でしょう」とのこと。他に、これより一回り大きい中国製のナイフ&箸セットがあったが、柄も鞘もアルミか何かで、ナイフの鞘への収まりも悪いお粗末な作りで、それだけに実用品に違いなかったが、何も韓国で中国のナイフを買うことはないと思って買わなかった。2本で3万5000円というのを3万円にまけて貰って、お得な買物だった。
モンゴルと韓国の箸付きナイフを比べるとこうなる。