ライヨールとラギオール



 Laguioleというのはフランス南西部の寒村の名前で、「ライヨール」と発音する。ワイン愛好家に人気が高い、柄が緩やかにカーブした優雅なソムリエナイフは、200年ほど前にこの村で生まれて、パリを経由して世界中に知られるようになった。

 ライヨールは地名であってブランド名ではないから、同村で作られているナイフにはライヨールの名を冠したものがいくつかある。また近年は、同村から160キロ北のThiers(ティエール)という鍛冶の町でもLaguioleを名乗るナイフが盛んに作られていて、その中には同じスペルで「ラギオール」とパリ風に発音させているメーカーも(1社だけだが)あって、なかなか紛らわしい。比較的よく知られている(米国や日本の刃物販売のサイトに登場するというくらいの意味です)ブランドとメーカーは次の通りで、上の4つは在ライヨール、5つ目のChateau Laguiole以下は在ティエールである。最後のRossignolは所在が確認できない。
 
 
ブランド名 メーカー名 ロゴ・刻印の特徴/HPアドレス
Laguiole Forge de Laguiole LAGUIOLEの文字にナイフをL字形に開いた図柄が重なる
www.pero.wanadoo.fr/forge.de.laguiole/en/fichiers/intro.html
Laguiole de l'Artisan Coutellerie de Languiole ブランド名を牛の顔と背の線画タッチの図柄が囲む
www.layole.com/
La Maison du Laguuiole 同左 ブランド名の文字だけを刻印
www.artisans-du-laguiole.com/
Laguiole Aveyron 同左 ブランド名の文字だけを刻印
www.laguiole-aveyron-coutellerie.fr/
Chateau Laguiole SCIP ブランド名の文字だけを刻印
www.wineac.co.jp/(日本代理店WACのサイト)
Laguiole Gille Fontenille-Pataud ブランド名とコンパス(?)の図柄。リカッソにGilleの刻印
www.fontenille-pataud.com/usa.htm
Laguiole G.David Arbalete G.David 石弓の図柄とLAGUIOLEの文字、リカッソにG.Davidの刻印
www.arbalete-gdavid.fr/
Laguiole R.David Robert David S.A. ブランド名の文字だけを刻印
Cepage Laguiole FACOSA ブランド名の文字だけを刻印
www.coutellerie-facosa.com/
La Brason Thiers Livradois Cutellerie Thiers Franceの文字と黒い馬
coutellerie.thiers.com/TLC/
Maurice Dubost M.Dubost Artisan Coutelier 豹のような(ピューマかな?)図柄とMDの文字
ACTIFORGE 同左 猪の図柄とLAGUIOLEの文字
www.languiole-france.com/
Laguiole Vachon Fils 同左 ブランド名の文字だけを刻印
Laguiole Coursolle 同左 ブランド名の文字だけを刻印
Laguiole Rossignol 同左 傘と小鳥にブランド名の文字

 ティエール商工会議所のサイト(perso.wanadoo.fr/maurice.tempere/)の「刃物業者」のリストには117軒の刃物屋・鍛造所が並んでいて、さっと見ただけだが3分の1から半分ほどがライヨール型のナイフを作っているので、全部挙げていたらきりがない。

《本命はForge de Laguiole》

 一番有名で、私も気に入っているのはForge de Laguiole(フォルジ・ドゥ・ライヨール=ライヨール鍛造所)のLaguioleである。他のどれに比べても、女性の脚をイメージしたという柄の何とも優雅なカーブがセクシーで、これでコルクを開ければどんな安ワインでも美味しくなってしまう。各社とも「ウチが正統」と競い合っているが、私としてはこれを本家格と認定したい。

 同社は、ソムリエナイフの他にもフォールディングナイフやテーブルナイフを作っていて、そのどれもが美しい。パリの自社ショップにはSonia Rykielはじめファッションメーカーの特注による著名デザイナーの特別バージョンが並んでいるし、東京・日本橋の刃物店「木屋」も格別の彫刻を施した特注品を置いている。

《十字架の飾り》

 Forge de Laguioleの特徴は、柄の中心部に「羊飼いの十字架」とか「3人の僧侶の十字架」とか呼ばれる象嵌の装飾があることである。これは他社のLaguioleナイフにも共通することだが、カーブした柄の前方と中央と後方の3カ所に鋲が打ってあり、片側はその3つの鋲だけで、それがフリーメーソンのシンボルを表しているとされる。柄の反対側にも鋲が3つ見えているが、こちらはその中央の鋲の周りに点を配して十字架をかたどっていて、Forge de Laguioleの場合はこのように十字架の下部にあたる長い辺が3つの点になっている。
          
         ・●・・・
          ・
 野に出て牛や羊を追う牧童たちは、夕方のお祈りの時間になると、このナイフを地面に立ててその前に跪いて頭を垂れたという。

 ちなみに、他社のLanguioleにはこの装飾がないものが多い。あっても、Forge de Laguioleと同じ長辺が点3つというのは見かけたことがないから、同社が意匠登録しているのかもしれない。もっとも、Forge de Laguioleでも中には長辺の点が2つのものや1つのものもあるし、テーブルナイフなどには十字架がないので、Forge de Laguioleなら全部が点3つの十字架が付いているというわけではない。Fontenille-Pataud(フォンテニーユ・パトー)社のLaguiole Gille(ライヨール・ジル)は、長い辺の点が3つでなく2つの十字架を彫り込んでいる。また、よく分からないメーカーの“Laguiole”を名乗ったナイフにも点が2つや1つの十字架が付いている場合もあるので、それが品質の保証にはなるわけではない。

 上の表で、在ライヨール村の鍛冶屋は他に、Coutellerie de Languiole(ライヨール刃物店)のLaguiole de l'Artisan(職人のライヨール)とLa Maison du Laguuiole(ライヨールの店)、それにAveyron(アヴェロン──ライヨール村の属する県の名)の3つ。これらの製品は、実物を見たことがないので何とも言えないが、いずれもライヨール村で職人による手仕事で作っていることを売り物にしている。

《対抗はChateau Laguiole》

 Forge de LaguioleLaguioleに対抗心を剥き出しにしているのが、SCIP社のChateau Laguioleである。これは「シャトー・ラギオール」と発音させているらしい。同社の日本代理店であるWACのホームページにはこう書いてある。

「“ラギオール”とは、フランスの南部にある地域の名称です。同様の名称のソムリエナイフがございますが、“シャトーラギオール”はSCIP社が保有する登録商標であり、他の「Laguiole」(スペルは同じですがライヨールと発音します)と名づけられたナイフは開発販売後にSCIP社とは無関係のメーカーから生み出されたまったく別の商品です」

 ここにはいくつか間違いというか不正確な部分があって、フランスの南部にある地域の名称は「ラギオール」ではなくて「ライヨール」である。また「地域」でなく「村」が正しい。Laguioleをライヨールと読むのはフランス人でも難しいようで、これはライヨールの村の中心にあった教会のスペイン語風の名前に由来する一種の方言であって、パリなどではラギオールと訛って読んでしまう人もいるという(どちらが訛りと言うべきかは難しいところだが、オリジナルの地名はライヨールに違いない)。 ティエールのSCIP社は、ライヨール風のナイフを作り始めるにあたって、Chateau Laguioleと名付けたものの、ライヨール村で作っているわけではないので、敢えてパリ式に「ラギオール」と発音させたものと推測されるが、これは、例えばの話、越前打刃物と同類のものを武生市から遠く離れた町で作って「ウチはエチゼンと読まずにエツゼンと読んでくれ」と言っているようなもので、いささか邪道で、混乱を招く元ではないのだろうか。

 例えば『日本と世界のナイフカタログ2002』(成美堂出版)の83ページにはタイトル=「ラギオール」、問い合わせ先=「北欧インフォメーションセンター」として、4種類10本のライヨール風のナイフとソムリエナイフが写真入りで紹介されているが、SCIPTraditionタイプが1点ある以外は、G.DavidR.DavidRossignolの製品なので、Laguioleをラギオールと読ませているのはSCIPだけだから、他社の製品をラギオールとして紹介するのは間違いである。多少とも知識のある人は、この北欧(なぜ北欧なんだ!)インフォメーションセンターで扱っているのは全部Chateau Laguioleだと錯覚してしまう。

 またその説明文には、「ハンドル中央部に打ち込まれたピンは、かつて牧童達が1日の仕事を終えた後ナイフを地面にさして、それを十字架に見立てて祈りを捧げたという習慣をモチーフにしたデザイン」と麗々しく書いてあるが、そこに紹介されている10本のうち点1つの十字架が付いているのはR.Davidの4本のうちの1本しかないようだし、本来はForge de LaguioleLaguioleについて述べるべき解説をこんなところに持ってくるのがおかしい。通販で取り寄せたら十字架がついていなかったということになりかねない。要するに、この何とかセンターは、ライヨールについてほとんど何も分からずに『ナイフカタログ』に自社の扱い商品を紹介しているわけで、これをそのまま載せた編集部も編集部である。なおこの『ナイフカタログ』には、Forge de LaguioleLaguioleがタイトル=「ライヨール」、問い合わせ先=「プロモフランス」で84ページから85ページにかけて紹介されている。プロモフランスという有限会社はネットでは検索できなかった。

 そういうわけで、無理に「ラギオール」と読ませることには問題があると思うが、しかしChateau Laguioleの製品そのものはすばらしいもので、Forge de Laguioleと双璧をなすと言えるだろう。SCIP社は1850年からティエールで刃物業を営む老舗で、たぶん1960年代から、マスター・ソムリエにして刃物師であるGuy Vialis(ギ・ヴィアリス)という人にデザインを委託して製造を始めた。ニースに近いビヨ(Biot)という所に工房を持つらしいヴィアリスさんのホームページには、Chateau Laguioleのソムリエナイフを含めて自分の作品が紹介されている(www.vialis.fr/)。Forge de Laguioleほどの優雅さはないが、ていねいにしっかりと作ってあって、よく「スクリューがコルクに吸い込まれるように入っていく」と言われるほど使い勝手もよろしい。著名なソムリエが愛用しているのも当然で、95年のソムリエ世界No.1の田崎真也さんはじめ最近の歴代No.1たちが皆、自分の名前を冠した特別モデルを出していて、日本でも入手可能である。

《歴史的な経緯》

 さて、シャトー・ラギオールの日本代理店が「他のLaguiole(スペルは同じですがライヨールと発音します)と名づけられたナイフは開発販売後にSCIP社とは無関係のメーカーから生み出されたまったく別の商品です」と力んで対抗心を燃やすのには、それなりの歴史的な理由がある。

 ライヨールナイフは、まさにライヨール村で200年ほど前に誕生した。18世紀から19世紀にかけて、同村やその周辺の人々は冬になるとよくスペインのカタロニア地方に出稼ぎに出て、帰りにはNavaja(ナヴァハかな?)という美しいポケットナイフをお土産に持ち帰った。それまでは、もっと無骨なフランス田舎風のナイフしか作っていなかった村の鍛冶屋は、これに大いに影響を受けて、カーブした柄とスプリング付きの折り畳み刃を持ったナイフを作るようになった。これが原型で、最初の製品は1829年に宿屋の息子のピエール=ジャン・カルメルという16歳の少年が牛の骨を柄にして作ったものだとされている。やがて、羊や牛の世話をする牧童たちに便利なように、ナイフの他に尖ったフックも備えたものが開発され、さらに、コルクというものがようやく南部にも普及したこと、同村の若者たちの中にパリに出稼ぎに行ってカフェのウェイターとして働く者が少なからずいたことから、コルクスクリュー付きのモデルも開発されたのである。

 その美しい形をしたソムリエナイフは、パリをはじめ都会でも知られるようになり、紳士淑女の間で気の利いた贈り物として流行した。フリーメーソンの理念と関わりがあるのかどうか、それは平和と友情の徴とされ、それをプレゼントされた者は1フラン硬貨を1枚、返礼に渡すという面白い習慣も生まれた。

 しかし、60年代になると、中世以来の刃物の町として知られるティエールの鍛冶屋たちが「ライヨール型」のナイフを作り始め、その中のSCIP社はじめいくつかは、伝統的な手仕事と近代工業的な技法をミックスして量産体制を作り上げて、大いに商売を伸ばした。そのため、70年代に入る頃には、19世紀末には少なくとも6軒あったライヨールの鍛冶屋は一時はほとんど絶滅状態になってしまった。だが80年代に入ってからライヨールの人たちは「本家がこんなことではいけない」と奮い立ち、昔ながらのナイフ作りを復興させた。その代表格が、Forge de Laguioleである。

 だから、WACの宣伝文が、SCIP社が(ラギオールという名のライヨール風ナイフを)開発販売後に他の「SCIP社とは無関係のメーカーから生み出されたまったく別の商品です」と言っているのは、その限りで正しいのだが、しかし、中断があったとはいえ、それが元々200年近く前にライヨール村で生まれた独特の様式のものであることを無視ないし軽視するかのような言い方はよくないと思う。

《蜂のマーク》

 もう1つ、ライヨールナイフに共通する特徴は、柄の先のスプリングの押さえの部分に「蜂」をかたどった金属の飾りが付いていることである。これは昔は、牛や羊にたかる「蠅」だったという説もあるが、同村でまことしやかに語られている伝説によると、皇帝ナポレオンがこの村に立ち寄った時に、村人たちが歓迎して皇帝とその側近の将軍たちに自慢のナイフをプレゼントした。ナポレオンは大いに喜んで、以後このナイフに「Royal Bee」、すなわち皇帝がマントに付けていた蜂のシンボルを付けることを許可したというのである。

 しかし、元々は「蜂」と言ってもシンプルなもので、台形をしたのっぺらぼうの金属片が付いているだけだったのが、第2次大戦後になってそれに蜂の姿を細部まで描いた彫刻を施すことが流行になったというから、この伝説も怪しい。一部のメーカーはリアルな蜂が付いているのが本物のライヨールだと宣伝したりしているが、ティエールの大手の1つFontenille-Pataudはホームページの「FAQ」で「蜂だか蝿だか知らないが、それが付いていないと本物でないなどというのは真っ赤な嘘」と断言している。Chateau Laguioleは割とリアルな蜂が付いている。Forge de Laguioleは通常製品は昔風ののっぺりだけのもので、一部高級品にはリアルなものを付けているようである。

 なお、Forge de Laguioleのライヨールと、Chateau Laguioleのラギオールを簡単に見比べるには、日本では秋葉原の刃物店「マルキン」のサイト(www.ameyoko.net/marukin/index.html)で「ソムリエナイフ」のページを、米国ではカリフォルニア州ナパのナイフ通販店「Laguiole-knives-Corkscrew」のサイト(www.laguiole-knife-corkscrew.com/laguiole/index.html)で「Index」のページを見るのがよい。▲



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