4月下旬になって咲き出したタンポポも綿毛に変わり、今ミンスクでは、街路樹のクリが大きく地味な花を一斉につけています。毎年というわけではないようですが、ここのところ雨が続き肌寒く、まるで日本の梅雨のような天気です。5月初めは1日のメーデー、9日の戦勝記念日の休日に加え、メーデー翌日の2日も休日になったり、土曜日を振り替えて連休にしたり、日本のゴールデン・ウィーク同様、ベラルーシでも毎年ちょっとした連休になります。こうした振り替えについてはいつも直前になって決まるので、事前に知らないと予定通りに物事が進まず、困ることがしばしばです。しかもこの連休が終わってようやく落ち着いたと思うと、そろそろ早めの夏期休暇をとる人も出てきます。さて、我が家では連休明けの5月10日から、容赦なく夏の断水が始まりました。今年は2週間ちょうどの予定が、若干短い期間で終わり、お湯が出るようになりました。日本人の感覚では2週間もお湯が止まるなどという事態は考えられませんが、毎年避けて通れない恒例行事であれば、少し期間が短縮されただけでも進歩です。常に蛇口をひねれば水が出て、ガスが使え、電気もつくという当たり前のことに感謝する気持ちをもてるのは、幸せなことかもしれない、などと考えてしまいます。
前回お伝えした3月の大統領選挙、4月のチェルノブイリ事故20周年記念国際会議というベラルーシの二大イベントも終わりました。大統領選挙については投票直後首都ミンスクで予想を上回る規模の抗議行動が数日に亘って続き、日本のマスコミも大きく扱ったため、日本からは治安の悪化などを心配するお便りをいただきましたが、実際は静かなもので、集会のあった広場周辺を除けば平穏そのものでした。それでも集会に参加したという知人が私の周囲にも複数存在し、大人しく我慢強いベラルーシ人も行動を起こすことがあるのだ、と少し将来に希望を抱かせる出来事でした。結局、「何も変わらない」という投票前の予想はその通りになってしまいましたが...。ベラルーシのテレビ各局は見事なまでに偏った報道ぶりで、それはそれで面白くはあるのですが、他に情報源のない国の大半を占める地区では、首都での騒乱は一部の愚かな不良が騒いでいる、くらいに受け止められてしまうのではないでしょうか。
一方のチェルノブイリ事故20周年は、国際会議の他にも、マスコミでの特集報道、広河さんの写真展以外にも、チェルノブイリを題材とした美術展や写真展開催、映画上映など、関連行事が続きました。20周年を機に、普段余り作品を発表する機会をもたないものの、長年チェルノブイリをテーマに扱ってきたベラルーシ国内の画家や写真家がいたことを知り、興味深かったです。しかし日本を含めた国外のメディアは、特に事故当日の記念式典などについては、原発のあるウクライナを主に取り上げており、多少の違和感を覚えました。ベラルーシの4月26日は、反体制派が抗議行動を行う日であり、大統領が事故による被災地であるゴメリ州、モギリョフ州を訪問して復興状況を視察するのがここ数年の定番となっています。被災地に限らず、この大統領の地方視察というのが、現場の生の声を聞くというよりは、いかにその地方が順調に発展しているかを示すための機会になっているようで、大統領の通る道沿いは家や柵のペンキが塗り替えられたりしているのです。実際には、被災地でも復興のモデル地区となっているところと、それ以外の地域では生活条件にかなりの差があると聞き、まだまだ課題は残されているようです。20年というのは数字の上で区切りではありますが、この問題はこれからもベラルーシがずっと抱えていかなければならないものであり、ベラルーシの人々にとっては日常の一部です。区切りの年にイベントを行うこと自体が目標となってしまわないことを願いたいものです。
(花田朋子 ミンスク在住日本大使館勤務)
|